臨死体験・気功・瞑想

覚醒・至高体験の事例集  あえて分類せずの場合

ローゼンバーグ氏

  ラリー・ローゼンバークは、ハーバード大学などで社会心理学などを教えた博士で、クリシュナムルティ、ヴェーダンタ、禅、そしてヴィパッサナー瞑想を30年修行をしたという。

  その著呼吸による癒し―実践ヴィパッサナー瞑想 』(春秋社、2001年は「出息入息に関する気づきの経」(アーナーパーナサティ・スートラ)に基づいてヴィパッサナーを語るという形をとっている。 本当にことこまかに親切に手取り足取り瞑想を教えてくれている。しかも、たんなるノウハウの本ではない。瞑想を説くことがそのまま深い深い求道の精神を説くことにつながっている。あるいは、瞑想の在り方を説くことが、そのまま生き方へ洞察に繋がっている。

  ローゼンバーグは、ユダヤ系アメリカ人として、ナチのホロコーストに対し少年期からの根深い心理的なトラウマとも言うべき恐怖心をもっていたが、瞑想のなかでその恐怖に直面し、そして克服していく。これは、いわゆる至高体験とは違うかもしれないが、読んでいただく価値はあると思い、ここに収録する。

  後半に入れたもうひとつの資料も、同じ著書からのものだが、過去の条件づけから離れて知覚したときの感動を伝える文章である。あわせてご覧いただきたい。

  なお、この本は私にとって瞑想に迷うときいつもひとつのよりどころとなるだろう、素晴らしい本だったこの本の中の珠玉の言葉のいくつかを抜き書きたページを作ったので、ご覧いただきたい。

『呼吸による癒し』 珠玉の言葉


◆瞑想の中での恐怖の克服

  ここで私自身の人生に起こった出来事を振り返って見ることが皆さんのお役に立つかもしれません。 それは恐怖との遭遇で、大変に学ぶところが多い、忘れることのできないものでした。最初にまず背景をお知らせしなくてはなりません。私は第二次世界大戦の頃には、パールハーバー襲撃の日に九歳 になったばかりの子供で、戦争に大変興味をもち新聞には毎日目を通していました。

  新聞では報道されない物語も耳にしていました。ホロコーストについて大衆が知るようになる大分前に、合衆国にいるユダヤ人たちはヨーロッパで恐ろしい悪夢が起こっていることを知っていたのです。おそらく最初はひそかに囁かれていただけだったという理由もあって、その話は私に大きな印象 を与え、私の魂の奥深くに仕舞い込まれてしまいました。

  何年も後になって私はナチに対して非常に大きな関心を抱くようになり、手当たり次第に関連資料を読み漁っていました。二十歳のときに合衆国陸軍に召集され、訓練を受けた後でワシントンDCに 駐屯する命令を受けましたが、ドイツに行きたいという考えにとりつかれていましたので、結婚して子供がいるために国内に残りたがっていた兵士と任務を交換してもらいました。

  私はどのようにしてあのホロコーストが起こり得たのかをドイツの人々から聞き出すのだと決心していました。私はドイツ語から派生しているイディッシュを話せましたから、ドイツ人とコミュニケーションすることができました。私は首尾よく受け入れられて、個人的に多くのドイツ人を知るよう になりました。しかし私がその主題を切り出すと、彼らは完全に沈黙してしまうのでした。私がドイ ツから帰って来たときのホロコーストに関する理解は、行く前と何ら変わっていませんでした。

 私が学究的な職業を始めたときにも、社会心理学の分野で、監獄、軍隊、精神病院、隔離病棟といった全体主義的な組織について特別な関心を抱いていました。私の修士論文は精神病院の隔離病棟における慢性分裂病患者間の民族関係についてでした。第二次世界大戦の強制収容所におけるユダヤ人について私がどれほどとりつかれていたか、その論文の主題の背後にも見て取れます。

  そして話は先へと飛ぶのですが、何年も後になって私はマサチューセッツ州バリーのインサイド・ メディチーション・ソサエティ(IMS)で冬の間、半年間のセルフ・リトリート(個人接心)をしていました。そのときには三、四ヶ月たっていましたから私の心は大変に静まり、おそらく異常なほどに傷つきやすくなっていました。ある日の午後、自分の部屋で瞑想していると、他の瞑想者たちが寄宿舎の方に歩いてきて、雪を払うためにブーツをドンドンと踏み鳴らしました。すると突然、どう説明したらよいのかわかりませんが、極めてはっきりとしたイメージが湧いてきました。自分はナチのドイツにいて、踏み鳴らされているブーツは私を捕まえに来たヒトラー親衛隊のものだというイメ ージです。

  私はそれ以前にもそれ以後にも経験したことがないような恐れを感じました。身も凍りつくようなヴィジョンが心に押し寄せづつけ、完全に現実のものに思えました。私はブルブルと震えだし、吐き気を催し、冷や汗をかき、泣きながら身体的にも感情的にも深い痛みを経験しました。それは極度に 複雑で真に迫った心の状態でした。

  その時点で私は何年もの瞑想経験があり、かなりのサマーディに入れるようになっていました。ある意味では、もし私に準備が整っていなければそれほどまでの恐怖がやって来ることはなかったでし ょう。心の片隅で私は、実際は自分はバリーにいて何もかも大丈夫だと知っていました。しかし私の大部分は、極度の痛みの中で大きな危険にさらされていると信じていました。

  私はすべての注意をそのイメージと身体的感情的な痛みへ向けようと試みました。しばらくの間は気をつけていますが、次の瞬間にはつい恐怖に囚われてしまいます。そうなったときは、呼吸を使ってその瞬間に戻ろうとします(私は強調したいのですが、経験の浅い段階でも完全に有効な修行は可能です。修行を積み重ねて完成された気づきがなければ困難な心の状態は扱えない、ということはありません)。 このプロセスがどれくらい続いたかはわかりません。三十分だったかもしれませんし、一時間、ある いは一時間半だったかもしれません。

  吐き気がしてきたとき、私は最初それに気づきませんでした。私は反射的にブットーという言葉を繰り返し呟き、マントラのようにその言葉を呼吸に合わせて唱えている間は吐き気がなくなります。 しかし唱えるのをやめると吐き気が戻ってきます。

  最後には恐怖に対して揺るぎなく注意を向けることができるようになりました。自分の囚われから 逃げ出そうとしたりそれに耽ってしまうことがなくなりました。恐れのエネルギーと完全に親しくな り、自意識的な観察者が分離してしまうこともなく、恐れを完全に観察することができました。その 自覚の光のもとで吐き気は消え去っていきました。吐き気はまったく恐怖の作用だったように思えま した。そのような長い時間が続いた後で、これもまたどれくらい長かったのかわかりませんが、すべてが崩れ去りました。恐ろしいイメージは消滅しました。長いこと泣いた後に深い安らかな感じがやってきました。

  その日を境にすっかり様子が変わってしまいました。私が以前に抱いていた興味は心理療法家たち が対抗恐怖(counterphobic)と呼んでいるものであることが明確になりました。私は心の深いところ に埋め込まれた恐怖からホロコーストに関する知的な関心を持つようになっていたのです。IMSで のあの午後以来、ナチに対する強迫的な関心はなくなってしまいました。そして私の人生にはさらに 大きな安らぎが訪れました。

  一度おもだった感情と真正面から取り組んでみると、そのときに使った技法は他の感情にも転用す ることができるということも発見しました。恐怖以外の否定的感情ともうまく取り組むことができるようになったのです。あの極めて念入りな恐怖でさえも活動するエネルギーの一形態――強い身体感 覚と麻痒的な思考――1なのであり、恐怖と同一化さえしなければ、恐怖をもっとしっかり取り扱える のだということがわかりました。

  執着は渇愛か嫌悪という形で現れますが、いずれにしても苦しみを引き起こします。執着しないこ とを体得すると、私たちは瞬間瞬間のありのままの人生と共にいることができ、手放すべきときが来 たらそれを手放すことができるようになります。明断に見ることは知性の一形態です。そんなことは 本来無理なのに、物事にしがみつこうとしたり、それらを固定化しようするのは賢いことではありま せん。

  私たちは何物をも所有していない、というのが真実です。身体はおろか、心の中身も自分のものでありません。これは実際には福音です(エゴにとっては違うでしょう。エゴはたちまち、それでは無我 を悟った偉大な修行者になろう、有名な瞑想者になろうと決心するのです)。智慧のおかげで物事を私だとか私のものとして執着する重荷を手放し、肩から降ろすことができるのです。

  私はこの真実に関して日本で目にしたあるイメージを思い出します。それは大きな袋を抱えて浜辺 を歩いている禅僧の漫画でした。袋があまりにも重いので彼の足跡はクレーターのようです。その袋 には「俺」と書いてありました。その重荷を降ろす必要があるのです。そうすれば私たちの人生はたとえようもないほどに軽やかになるでしょう。


◆真にそれを見た

  行為における沈黙とは、以前に話した、行為者のない行為です。そこではあなたはただ皿を洗い、 ただ床に掃除機をかけます。エゴは現れていません。いつものとおりならば、何をするにつけても私 たちはそこに「私」を持ち込み、自分という観点からそれに執着します。しかし沈黙とはエゴのない場所であり、行為における沈黙とは、その行為を「私」だとか「私のもの」にすることなく、世間の中で行為することなのです。その個別的な行為とひとつになっていくプロセスの中で、私たちは少な くとも一時的に自己を忘れ、あるがままの鮮明さを身近に知るようになるでしょう。

  いろいろな伝統がさまざまな仕方でこの真実に到着します。中国では「悟りとは何か?」という質問に対するひとつの答えは「飯を食い、茶を飲む」です。現実的には何を食べても何を飲んでもかまいませんが、ただ飲みただ食べるのです。自己に対する思いこみが停止して、あなたは当たり前の世界の中で沈黙の深さを体現しています。どのような行為をしていても同じことを実現することができます。それが禅の言うところの無心、あるいは浄明心です。あなたはその瞬間、過去の条件づけから離れて新鮮になり、生きいきして、無邪気になっています。

 幾星霜に渡る質問に対するもうひとつの答えは、「草は緑で空は青」です。もちろん私たちの誰も が知っていることなのですが、心が沈黙の中で洗われる経験から出て来たとき、そのことが真にわかるのです。それは比較を絶した経験です。

  修行を始めた頃のある午後のこと、私はケンブリッジの自分のアパートで坐っていたのですが、部屋から通りへ出て街角に停めてあった黄色いタクシーを目にしました。私は友達を待っていて、心で呼吸に触れながらそのタクシーに集中しました。そして真にそれを見たのです。私は黄色を見つめて、 なぜそれが黄色のタクシーと呼ばれるかを理解しました。涙がこみ上げてきました。その状態では何を見ても同じことが起こったでしょう。ぺちゃんこに潰れたビールの缶を見てもそうなったでしょう。

 心が「私」とか「私のもの」といったすべての強迫観念からすっかり解放されたとき、人生はただそこにあるだけです。そのことを言葉でうまく表現することはできません。それは私たちに巨大な衝撃を与え、私たちはもっとずっと深くそれを経験します。試みたり格闘したりするとそこには到達で きません。心を開いてはっきりと見ることによって到達できるのです。


2001/8/7 掲載

 

 

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