臨死体験・気功・瞑想


覚醒・至高体験の事例集 あえて分類せずの場合

様々な至高体験(1)

 この事例集にいくつかの覚醒体験・至高体験を紹介してくださった方が、また投稿をしてくださった。それぞれがそれほど長いものではないので、ここにまとめて紹介したい。いずれも短い記述の中に体験の質が凝縮されているような文章だ。
  すぐ下の緑色の解説にあたる部分は、投稿した方が書かいてくださったものである。


 『水の味わい―東洋思想と神 』(T・G・ハンド/李純娟著 本多正昭/中野信子訳 春秋社)という本からの孫引きという形になります。――この両著者の方はカトリックのシスターとブラザーなのですが、ケン・ウィルバーの思想に影響を受け、カトリシズムを基盤にしながらも、東洋思想を媒介にしながら、その霊性的なパラダイムの模索をされているようです。―― この両著者が来日の際、属していた禅グループの機関誌『暁鐘』からの引用です。(これすべて匿名ですが西洋人の体験記だというところが面白いのです。
 もともと西洋人に向けられて書いたものですから、分析も比較的おだやかです。(それが神学的で、もの足りないという思われる方もいるとは思います。)


Cさんの『見性記』から

 その見性の瞬間は、私の接心が終ってから、五日目、私のまったくの日常生活のさ中で突然起こった。私はアテネオ・マニラ大学の教室で生徒たちの筆記試験が終るのを待っているときであった。立っているところから校庭が見え、アカシアの巨木が風にそよいでいた。私は立ったまま、ただ時間が来るまでじっと風にゆらぐその枝を見つめていたのである。突然、何もなくなった。風に揺らぐ枝だけだった。それを見つめている私はなく、私が風に揺らいでいた。風に吹かれて何の重みもなく、空っぽで軽くて考えることもなく、まったく自由で、ただこれだけ!……。その後、私は校庭を横切って歩きながら、私の中にこみあげてくる平和と静寂が、道端のすべての花や葉から、鳩の群れから……、眩しい太陽から、そして年老いた門番の人から……、すべてのものから流出しているように思われた。……。私は生命のすべての鼓動とまったく一つだった。

Sさんの『私の見性体験』から  

 何もかも、一つに溶けて行った。そして私も、氷が水に溶けて行くように、すべての中に溶け込んで行った。もはや怖れはなかった。怖れるものは何もなかったからだ。生と死の区別もなかった。私は生れてはじめての幸福感で感謝の念に満たされていた。……もう淋しさというようなものもなかった。
 今までの私は分離された存在だったから、いつも物事を自分との相対関係の中で判断していたことを知った。

Lさんの『私の悟りへの道』から  

 ある日の午後、私は窓の外の一本の古木の頂きに見入りながら、私の思考は強烈に、自分自身の人生についての瞑想から、螺旋状にダルマ(仏教語のダルマは、端的に実在を意味する)の本質の内部に入って行った。私は私の「自己」が、それよりも無限に大きなものに溶け込んで行くにつれ、そこにはただ、温かみのある愛と光の大きな波が一つあるのみとなった。遂に二つでなく、ただ大いなる一者のみとなった。ダルマ以外は何もなかった。何もなし。私は私自身である。これだけであった。

 後で自分の自己認識についての疑問が起こったが、私は一人の人間でありつつ、<L(私の名)なりに>現れているダルマなのだという真理を、大いなる明晰さと歓びをもってはっきりと悟ったのである。これこそ私の<真の本性>である。それは私に属するのではない(それが何かに所属しているという主体もなく、それに何かが所属しているという客体もない)。それは無常なる、<ここ・今>である。<L(私)の道>は、<この瞬間>の実在性から不可分である。それは実相を持たない。それは実体がないから、縛ることもできない。  だが<それはそれなのだ>。これはあたかも、一滴の水で滝を説明し、滝の意味を明らかにしようとするようなものである。しかし、一方、滝はまさしく<落下する水>なのであり、それだけである。

 そして、その後、外を歩いていた。万物が信じ難い実在の単純さに輝いており、私もまたその実在の不可欠の部分(an integral part)であった。それを何と言い表してよいか、まったくわからない。そこにはこれを経験したり考えたりするような私はもはやなかったからである。ただただ、まったく平安そのものであり、それ以外の何ものでもなかった。


02・05・03 追加


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