臨死体験・気功・瞑想

覚醒・至高体験の事例集 あえて分類せずの場合

佐藤学氏

 河合隼雄氏の『日本文化のゆくえ 』(岩波書店,2000年)の中に、教育学者・佐藤学氏の高校時代の体験を紹介する以下のような文章を見つけた。

佐藤は瀬戸内海の島に住んでいたが、思いがけず県下一斉模擬テストでよい成績をとったため、周囲の人の期待を背負って、島を離れ有名な進学校に入学する。しかし、進学校特有の雰囲気になじめ ず、佐藤少年は教師に反抗を繰り返し、友人からも見離され孤立していく。教室に居場所を失なった 彼は、図書室に一人でこもって乱読したり、音楽室でさまざまの楽器をもてあそんだりしてすごす。 そして、遂には赤面症、どもり、失語症などになり、他とのつながりを失なってしまう。

二年生のとき高校中退を決意し、島へ帰ろうとするが台風で連絡船が欠航する。その翌日、音楽室で無為にすごしていると、音楽教師のY先生がレコードをいっしょに聴かないかと声をかけてくれ、 シェリングの弾くバッハの『無伴奏ヴァイオリン・パルティータ』第二番の「シャコンヌ」を聴く。 「その衝撃的な音の体験は、魂の昇華あるいは解脱としか言い表しようのないものだった。この偉大 な作曲家の作品は、畏れとも悟りとも呼べる圧倒的な感動で、私の偏狭な心の密室の壁を内側から砕き、宇宙的な広がりのなかで溶解させた」。これが佐藤少年にとっての転機となった。後のことは省略するが、是非つげ加えるべきことがひとつある。

それ以後二十六年、佐藤はY先生が定年で退職されることを知り、かつての思い出を記した手紙を出した。一週間後にY先生より返事があって、佐藤はその内容に驚く。「あの頃、Y先生ご自身も、音楽を教育することの意味を見失なうという根源的問題に悩み、教職生活を中断する誘惑にもかられながら、祈る思いで生徒と音楽を共有する道を模索されていたのだと言う。先生と私は、くしくも 「シャコンヌ」を仲立ちとする深い沈黙のなかで、象徴的な体験を交換しあっていたのである。偶然 と言えば偶然とも言えないではないが、なるほど、象徴的経験は、祈りを共有する人と人との出会い において準備されるものなのである」。

ここに示した佐藤とY先生の間には、明らかに「物語」がある。そして、特に強調したいのは、これは明らかに従来の日本的美談とは質を異にしていることである。Y先生は、あわれな少年を慰めるためや、立ち上りのきっかげをつくるためにレコードを聴かせたのではない。むしろ、彼自身が音楽教師の意味を見失ないそうになり、「祈る思いで生徒と音楽を共有する道を模索」するなかで、バッハの音楽を、そこにいる生徒と共に聴くことを思い立ったのである。しかも、それを聴いた生徒も教 師と同じく、学校をやめることを考えていたのだ。

将来の道を見失ないそうになっている教師と生徒を共に癒したのは、バッハの「シャコンヌ」であった。教師が生徒を矯正したのでもなく、指導したのでもない。二人の人間をつなぎとめる物語がバ ッハを媒介として成立するが、二人の間に恩や義理が生じたのではない。この点が大切である。


この話は、佐藤学氏の『学び その死と再生 』の中で語られているという。ぜひこの本に直接あたりたいと思い、インターネットで検索したが、もう絶版のようで検索にまったくかかってこなかった。その後、図書館でいろいろ調べていただき、やっとある市立図書館にあるのを発見し、県立図書館まで運んでいただいて、借り出すことができた。

以下は佐藤学『学び その死と再生 』(太郎次郎社、1995年)からの収録である。



高校の記億となるとすべてが拡散している。自分を見失い自我意識を解体させて、失語症に近い状況まで経験したのだから、当然と言えば当然である。それだけの危険をくぐり抜けて、ようやく、学校という生きものと裸で出会えたのである。 ☆

危機の発端は、「自由」と「平和」を看板にしたエリート校の偽善的空気とお金持ちの子息令嬢の優等生意識に、入学当初から生理的とも言える嫌悪感を抱いたところにある。それでも一年生のときは寡黙な生徒を装って、ふくれあがる猜疑心を隠しとおしたのだが、その結果、教師からも友人からも見失われ、やがて孤立して自分自身をも見失っていった。

唯一の存在証明は、権威的で偽善的な教師に衝突し反抗することにあった。とくに、二年生のときの担任教師への憎悪は激しく、受験問題集を教科書として使う彼の化学の授業を激怒して批判し、彼の授業とホームルームの時間を拒否しつづけた。☆

その反抗は一か月後には英語教師にもおよび、教室に居場所を失った私は、図書室で一人、乱読の時間を 過ごし、やがて、音楽棟の隅にある練習室にこもって、古びたピアノを弾き、さまざまな楽器と遊ぶ毎日を 過ごすようになる。この陰欝な生活は、数か月もたつと神経症に悩む日々をまねき、またたくまに、成績は学年で最低となった。自我の危機は、下宿の小さな部屋で強迫的に綴った日記にもよく表現されている。そ のノートは「諦念」と「混沌」の文字で埋め尽くされ、「般若波羅密多心経」と「聖書」の模写が繰り返されている。支離滅裂であった。

自我の解体は、私の言語をも破壊した。赤面症、どもり、失語症へと症状は悪化し、学校で教師や友人と コミュニケーションをはかる言葉のほとんどを喪失していた。かろうじて古文の文体の文章ならば自然に表現できる実感は確保していたものの、あらゆる教科のリポートと試験答案を旧仮名づかいと古文調の文体で書くものだから、多くの教師は「ふざけるな」と一喝し、受けとってはくれなかった。こうして、ますます教室に居場所を失った私は、衝動的に襲う死の誘惑におびえる一方で、あの化学教師の俗悪さを象徴する赤 いスポーツカーと欺瞞に満ちた学校の校舎に火を放つ夢想にかられていた。このときの学校は、自我を破壊 し尽くす暴力を秘めた化けもののような象徴のシステムだったのである。

転機が訪れたのは、おなじ二年生の秋のことである。ちょうど、高校中退を家族に相談するため島へ帰ろうとした連絡船が台風で欠航となり、泣く泣く下宿に帰った日の翌日であった。この日も音楽棟の練習室で無為に時間を過ごしていた私に、音楽教師のY先生がレコードをいっしょに聴かないかと声をかけてくれたのだ。シェリングの弾くバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ・第二番の「シャコンヌ」、その衝撃的な音の体験は、魂の昇華あるいは解脱としか言い表しようのないものだった。この偉大な作曲家の作品は、畏れとも悟りとも呼べる圧倒的な感動で、私の偏狭な心の密室の壁を内側から砕き、宇宙的な広がりのなかで溶解させていた。事実、それは一つの象徴的経験であり、祈りによる魂の浄化にも似た一種の宗教的体験としか表現しようのないものだった。 ☆

レコードを聴き終えると、Y先生は、おもむろに、専門家のレッスンを受け、ヴィオラ奏者への道を歩んでみてはどうかと勧めた。その言葉は、音楽的才能と演奏技術に絶望的な劣等感を抱いていた私を一瞬、躊躇させたが、すぐに、練習室を唯一の居場所にしていた私への教育的な配慮であると理解し、どもりながら 感謝の言葉を告げたのを記憶している。そのとき、私は、突如としてなんの脈絡もなく、ゆくゆくは教育の仕事に携わりたいと決意したのだ。

学校ともう一度つきあう決断をした私は、その翌日から、教室に居場所をつくる努力を開始した。教師の背中の向こうに広がる世界を学ぶこと、これがY先生との交流をとおして獲得した学び方であった。たとえ ば、生物のA先生。教科書に載っていなかった核酸を一年間の主題とし、アメリカの高校教科書を生徒と翻訳しながら、遺伝子に関する科学と倫理の世界に目を開かせてくれた。ハンサムな容貌にもかかわらず、病弱を理由に結婚を避けてきたA先生は、その生き方を明断な声と透明なまなざしで表現していた。その優しさで、生命を「いのち」と読む語感の大切さを教えてくれたのだ。 英語のD先生も、私の奇行を見守っていた教師の一人だった。D先生は、教室に復帰した頃の私に 、"Nature makes your mind."と書いた判じもののようなメモをわたされた。そのメモの意味を在学中はついに理解できなかったけれども、その言葉は、私の欠損部分をみごとに言い当てており、その後の危機を何度救ってくれたかわからない。

(中略‥‥その26年後、同窓会誌でY先生が定年で退官したことを知った佐藤氏は、「あの日の体験のお礼の言葉を送りたい衝動にかられ」、夢中で一通の手紙をかいた。そして…)

‥‥一週間に受け取ったY先生の返事を読んで教育経験の象徴的意味の神秘さに触れ、またしても驚嘆することとなる。

突然の手紙を読まれたY先生は、私の名前こそ忘れられていたものの、指揮台の目前でヴィオラを弾く目の大きな生徒の顔を思い出され、あの日の出来事も思い起こされたと言う。驚いたのは次のくだりである。ちょうどあの頃、Y先生ご自身も、 音楽を教育することの意味を見失なうという根源的問題に悩み、教職生活を中断する誘惑にもかられながら、祈る思いで生徒と音楽を共有する道を模索されていたのだと言う。先生と私は、くしくも 「シャコンヌ」を仲立ちとする深い沈黙のなかで、象徴的な体験を交換しあっていたのである。偶然と言えば偶然とも言えないではないが、なるほど、象徴的経験は、祈りを共有する人と人との出会いにおいて準備されるものなのである。


佐藤学

1951年広島生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程終了。教育学博士。三重大学教育学部助教授を経て、東京大学教育学研究科助教授。
主な著作:
『教室からの改革=日米の現場から』(国土社)、「シリーズ・授業」(共編・岩波書店)他


01/5/26  追加

 


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