覚醒・至高体験の事例集  あえて分類せずの場合

デイビッド・シュパングラー

デイビッド・シュパングラーは、1970年代初頭の3年間フィンドホーンに滞在し、 ピーター・キャディらと協力してフィンドホーン共同体の礎を作ったといわれる人物です。フィンドホーンを紹介する『フィンドホーンの魔法 』の中で、彼がフィンドホーンでどんな役割を果たしたが、詳細に語られています。

フィンドホーンはイギリスのスコットランド北部の村。1962年、ピーター・キャ ディとその妻アイリーン、そして友人のドロシー・マクリーンが、フィンドホーン村 の外れ、海に面した荒地に一台のキャラバンカーとともに移り住みました。その地でアイリーンは、「神」からのガイダンスを受け取り、ドロシーが自然の精霊と対 話し、ピーターがそれを実行に移すと、25キロのキャベツや30キロのブロッコリー ができ、世界中で話題になったのです。いまでは350人もの人が常時いる共同体に 成長し、スピリチュアルな共同体として、その後設立された多くの共同体のモデル となっています。

シュパングラーは、このフィンドホーンの実践の理論的な支柱、教育的な実践の中心人物として大きな役割を果たしたようです。その彼の、わずか7歳のときの覚醒体験をここに紹介したいと思います。



◆ベビーベッドの中の大人  

デイビッド・シュパングラーは、『フィンドホーンの魔法 』のなかで自らの幼き日の体験を次のように語っています。

「私はまだ字も読めなかった幼児のころ、よく超常体験をしたものです。今でもよ く覚えていますが、そのころ、二重意識を何度も体験しました。私はとても大きな 船が沈没しかけているのを見守っていました。救命ボートはみな、船から遠ざかっていく。私には何かをしなければならないという強烈な感じがありました。私は恐怖とパニックをはっきりと意識していました。それは夜で、船の灯は次々に消えて ゆき、ボートはどんどん遠ざかり、船はついに沈没してしまいました。

なんとしても助けを求めなければならないという強烈な衝動を覚えたところで、今でもありあ りと覚えていますが、はっきりと目を開けて、ベビーベッドを見たのです。そして頭は完全に混乱し、自分が誰なのか、今までどこにいたのか、ベビーベッドの中で自分が何をしていたのか、自分が何歳だったのかわからなかったのです。私はそれでもまだ自分が大人なのだと考えていたので、話をしようと努めました、私は部屋 にいた人たちに、それは私の両親だったに違いありませんが、船が沈没したと告げ たかったのです。しかし、キイキイ泣きわめく以外、何もできませんでした。そして、二、三分のうちに大人の感覚はなくなっていきました。それからあとのことは何も覚えていません。私はまだとても小さかったのです。

◆七歳児の覚醒  

そのような体験は私の幼児期中ずっと続きました。今でもよく覚えていますが、 私が七歳のときのこと、車の後部の窓から外を見ていると、次の瞬間、車も私の体 も、また周囲のものすべてが、私の内に入りこみ、私はそれを見下ろしていました。 それも高いところから見下ろしているといったふうではないのです。私の内にある何ものかに気づいているのは、私の本質的存在だったのです。その状態はそれから 別なかたちに変わりましたが、それは視覚的な印象ではありません。―――宇宙のあらゆるものとまったく一体になったという感でした。

デイビッド・シュパングラ ーは存在しなくなり、全然違う意識が私をとらえたのです。その瞬間、私は自分が何ものであるかを知りました。私は自分の存在が永遠であるということがわかり、 同時に、私はほかの何ものでもあるということがわかりました。私の本質には限界 がありませんでした。星も草もすべてが私だったのです。それは非常に宇宙的な体験でした。それはそんなに長くは続きませんでしたが、私にとって恐るべき衝撃で した。

私はそのことについて人にあまり話しませんでしたが、それは私の価値基準 を完全に変えてしまいました。それは覚醒の体験でした。当時七歳の私は、その事実を容易に自分の意識に組み入れることができませんでした。そして、そのとき以来、今日にいたるまで、私は同時に二つの異なる次元に存在しています。すなわち、 この三次元の世界にいながら、また別の次元にもいるという感覚をもつているのです。」  


デイビッド・シュパングラーのこの体験が、事例集の他の体験と比べて特異なの は、もちろんそれがわずか七歳のときの「覚醒の体験」だったということです。ま たそれは、幼児期中にずっと続いた一種の「前世体験」から連なっています。  

このような幼児期からのプロセスを経て「覚醒」に至るというケースは、私が知 りえたなかでは始めてのものです。しかも、「そのとき以来、今日にいたるまで、私は同時に二つの異なる次元に存 在しています」という表現から推察されるように、彼のいう「覚醒」は一時的な 「至高体験」ではなく、まさしく持続的な「覚醒」だったようです。

◆誰も彼もが自分の分身  

シュパングラーの体験と直接関係はないのですが、ここでひとつ事例を挙げます。 『気とエントロピー』槌田敦・帯津良一(ほたる出版、1999年)の中に次のような 話が紹介されています。  

帯津氏が尊敬する中国の医者のひとり、七〇代の半ばを過ぎたすごくアグレッシ ブで立派な外科医(肺がんの権威)の話です。その外科医が、帯津氏に次のように語ったというのです。以下帯津氏の話。  

「最近、どの人間を見ても自分の分身に見えると言うんですね。外科医ですから、 がんの部位ばっかりを見て一生懸命やってきた。すると、あるときから患者さん全 体が自分の分身に見えてきた。愛しくなってきたというんですね。そして、その感 覚がある期間続いたあと、今度は誰も彼もが自分の分身に見えてきた。そうすると、 みんな自分なんですから、世の中が楽しくてしょうがない。そんな話をあるとき北 京でしてくれたんですよ。」

シュパングラーが七歳のときの体験、「‥‥、車の後部の窓から外を見ていると、 次の瞬間、車も私の体も、また周囲のものすべてが、私の内に入りこみ、私はそれ を見下ろしていました」、「星も草もすべてが私だったのです」という体験は、こ の中国の外科医の体験と共通するものをもち、しかもさらに徹底したもののように思えます

◆「十字架なき道」  

さて、事例集のエックハルト・トールの項で、覚醒に至るための「十字架の道」 と「十字架なき道」の違いについて紹介したことがあります。彼は、耐え切れないほどの苦しみのさなかに、追いつめられてやむをえず小さな自己を捨て去り、「手放し」の境地に至るのは「十字架の道」だと表現しています。 トールは、「十字架の道」はさとりをひらくための旧式の方法で、つい最近まで はそれが唯一の方法でしたが、これからは「十字架の道」だけが唯一の方法ではな いとするのです。さとりをひらくために苦しみを必要としないほど意識のレベルが 高まった人間の数も着実に増えているというのです。 デイビッド・シュパングラーの事例は、まさに「十字架なき道」のきわめて印象的な一例といえるでしょう。

2003/12/07 掲載

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