◇臨死体験・気功・瞑想

覚醒・至高体験の事例集 スポーツ選手の場合

 

 

闘牛士・ベルモンテ

  鈴木大拙はその著『禅と日本文化 (岩波新書) 』(1940年)のなかに、スペインの闘牛士ベルモンテが自分の経験を語る一文を、翻訳者のノートとともに載せている。鈴木は、闘牛士の技はあきらかに日本の剣術に酷似し、この闘牛士が仏教的鍛練をしていれば、たしかに「不動智」に徹底したに違いないという。

 翻訳者のノートの一部に曰く、

『闘牛はスポーツではない。それと比較するわけにはゆかない。闘牛は、諸君が好むと好まざるにかかわらず、認めると認めざるにかかわらず、絵画や音楽と同じく一つの芸術である。諸君はそれを芸術としてのみ判断することができる。その情感(エモーション)は精神的である。それが心の深奥にふれる点では、偉大な指揮者のもとで行われる交響管弦楽を知り、理解し、愛する人の心に比すべきものがある。』

 ファン・ペルモンテは、彼が闘牛の真只中で最も精神力の強調した瞬間における自分の心理を、つぎのような言葉で述べている。

『相手の猛牛がでてくるや否や、私はそっちへ向って行った。三度目の「あしらい(ハーセ)」で観衆が起ち上ってワッと叫ぶのが聞えた。私はなにをしたのか。私は不意に、公衆も、他の闘牛士も、私自身も、そして相手の牛のことさえも忘れた。私は以前、囲地(コラール)や牧場で夜独りでしぱしぱ牛と闘ったように、闘い始めた。まるで黒板に図案を描いているような、精確さで闘った。ケーブでする私のパーセと、ムレータ(赤い布をつけた棒)でする私の働きは、その日の午後、見物にきた人々にとって、闘牛術における一種の天啓であったということだ。私は知らない。私には判断する力はない。私はこう闘うべきであると、信じた通りに闘ったに過ぎない。やっていることに信念を持つ以外になんらの考をも持たなかりた。最後の闘牛をやったときにも、私は観衆のあるなしには意識を持たずに、ただ闘うということの純粋なよろこぴに自分の身も魂も任せ切ることに、初めて成功したのだ。私は国でただ独り牛をあしらりている時、よく彼らに話しかけたものだった。その午後も私は牛と長い会話をつづけた、私のムレータがわざ(ファエーナ)の渦紋を描きつづげている間、絶えずやった。外にどうしてよいか判らなかったときは、私は牛の角の下に膝まずいて、その鼻先に自分の顔を持って行った。

 「さあ、チビ公」、私はささやいた。「つかまえて御覧」

私はまた起ち上って、牛の鼻の下にムレータをひろげ、独白をつづけ、牛をはげまして突撃をつづげさせるようにした。

「こっちだ、チビ公。しっかりと進んでこい。どうもありゃしない……ソラおいでなすった。……ソラおいでなすった。……己が見えるか、チビ公。どうした? 疲れてきたのか。さあこい。己を捕えろ。卑怯になるな。己を捕えろ」

  私は理想的なわざ(ファエーナ)を作成しつつあった、夢でたびたぴしかも詳細に見ているので、その一本の線も数学的精確さで脳中に描かれていた。私の夢のわざはいつも不幸に終っていた。なぜか というに、とどめにかかったとき、牛は誤またず私の片脚を捕えるからだった。かく悲劇的結末をいつも示したというのは、なにか潜在意識的にとどめをさす際の腕前に僥倖を認めようとしたからに違いなかった。にもかかわらず、私は理想的なわざの実現をつづけ、牛の両角の間に身を置き、群集の叫喚をただ遠くのつぷやきと聞いた。そしてついに、夢で見たように的確に、牛は私を捕え、私の腿を傷けた。私は陶酔しており、夢中だったので、それには気づかなかった。私はとどめにかかり、牛は私の足下にたおれた。』

 ここに一言を附け加える。
  ベルモンテが牛と最後の格闘に入る前、彼の心理状態ははなはだ錯乱していた。競争心・成功熱・劣等感・公衆の嘲笑を買いはせぬかという心配、こういう感じが、彼の心を掻き乱していた。これについて彼はこう告白している。

『私は絶望状態に陥った。「自分は闘牛士だなどという考をどこでえたのか。馬鹿な、自惚れにもほどがある。」と思った。「お前はピカドール(初めに槍で牛を怒らせる騎士)も使わずに一度や二度ノピリャーダスに僥倖をえたというだけのことで、なんの取柄があるのだ。」』

 しかし、彼はこの絶望感から覚醒した。彼はいま、荒狂う牛の面前に立っている。彼は忽然として、これまでまったく気もつかなかったものが、その心の奥底からでてくるのに目ざめた。

  このあるもの(サムシング)はしぱしぱ彼の夢にでてきた。すなわち、それは彼の無意識のなかに深く眠っていて、白昼はけっしてでてこなかったものである。いまや絶望感に押し詰められて心理的絶壁の頂に突立った彼は、心身を捨ててそこから跳び下りた。その結果、『私は陶酔状態でなにがなにやら夢中だった。「それ」には気づかずにいた。』 事実は「それ」(彼が傷いたこと)のみならず、いっさいの環境に気づかずにいたのだ。「不動智」のみが彼の案内者だった。彼は自己をまったくその案内者に任せたのだ。鎌倉時代の有名な禅匠は歌う。

弓も折れ
矢も尽きはつる
ところにてさしもゆるさで
強く射てみよ。

 箭幹(やがら)なき矢を弦なき弓より射れば、そはかならず、かつて極東の人々の歴史に起ったように岩をも貫き通すであろう。
  禅宗と同様に、芸術のすべての部門において、この危機の通過ということは、あらゆる創造的作品の根源に到達するためにきわめて肝要だと考えられている。自分は禅に関する別著で、この事を広い意味の宗教心理、あるいは宗教哲学ともいうべき立場からさらに専門的に論じたいと思っている。

00/8/20 追加

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