臨死体験・気功・瞑想 

覚醒・至高体験の事例集

福岡正信

 「私はその頃、横浜税関の植物検査課に勤めておりました。外国から輸入される植物検疫をしたり、輸出する植物の病気害虫の検査をしたりするのが主な仕事でしたが、非常に自由な時間の多いところで、平生は研究室にいて、自分の専門の植物病理学の研究をしておればよかったんです。

 この研究室が横浜港を見下す丘の上、山手公園の隣りにありまして、ちょうど真向いにカトリックの教会、東の方にはフェリス女学院があるというように、きわめて静かな、研究にはもってこいの環境でした。」

 「顕微鏡をのぞきながら、培養した菌を観察したり、菌と菌を交配したり、新しい病原菌の種類をこしらえてみたり。興味は非常にありましたが、根気を要する仕事で、しまいには研究室の中で卒倒するようなこともありました。  と言いましても、多感な青年時代ではあり、研究室に閉じこもってばかりいたわけではありません。場所は横浜、遊びにはこと欠かない先進地です。」

 「とにかく、多忙な多幸な青年で、昼間は顕微鏡下の自然の営みに驚歎し、自然界の極微な世界が広大無辺な宇宙の世界とあまりにも似かよっているのに、不思議な感に打たれ、夜は夜で、恋をしたり、失恋もしたり、人並み以上に遊びまわっていたんです。
 そんな若さ特有の、喜怒愛憎というか、人間感情のふれあい、働きに翻弄され、心身の疲労が積もり積もって、結局、研究室で卒倒するような事態にもなったんだろうと思います。ちょうどそのときに、急性肺炎をひきおこしまして、警察病院の屋上にある、気胸療法の病室に放り込まれるような始末になってしまいました。

 その病室は屋上にあって、窓の戸がまったくないから、風は通り抜ける、吹雪は舞い込むで、それこそ厳寒の中へ投げ込まれたような気がしました。寝ている蒲団の中は暖かいが、顔はもう凍りつくように寒い。看護婦なんかも、寒いもんですからほとんどのぞかない。体温計をわたしたら、さっさとおりてしまう。  個室ではあるし、人はめったにのぞかない。私は急に孤独な世界に突き落とされたような気がしました。今で思えば、全く無用な恐怖だったと思うんですけども、そのときは、まさに死の恐怖とうようなものに直面してしまった。

 今まで自分が信頼していたものは何だったんだろう、何げなく安心していた安心というものは何だったんだろう。私は平凡な生活から急転直下、懐疑のどん底に落ち込んでしまいました。どうしても今、その解決をしなければならないような、絶体絶命の感情に追い込まれてしまったんです。  病院はどうにか退院できたものの、いったん落ち込んだ苦悶ん世界からは抜けられない。いわゆる生とか死とかということに対して、徹底的な懊脳が始まったわけです。

 それでもう、眠れない、仕事が手につかない、精神分裂症の一歩手前というような、悶々たる状態が続き、どうにもならないこの胸の燃るような悩みを、夜空の星の下で癒そうとして、山の上や港を、幾晩さまよったことでしょうか。  その晩もさまよい歩き、結局疲れ果てて、外人墓地の近くの港が見える丘の上にある大きな木の根元にもたれかけて、うつらうつらしておりました。寝てるのか、さめているのか、わからないような状態のままに朝が来たんです。それが五月十五日、ある意味で自分の運命を変える日になりました。

 私は、港が明けていくのを、うつらうつらと見るともなくみておりました。崖の下から吹き上げて来る潮風で、さっと朝もやが晴れて来ました。そのとき、ちょうどゴイサギが飛んできて、一声するどく鳴きながら飛び去ったんです。バタバタと羽音を立てて。

 その瞬間、自分の中でモヤモヤしていた、あらゆる混迷の霧というようなものが、吹っ飛んでしまったような気がしたんです。私がもち続けていた思いとか、考えとかが、一瞬のうちに消え失せてしまったんです。私の確信していた一切のよりどころといいますか、平常の頼みとしていた全てのものが、一ぺんに吹っ飛んでしまった。  そして私は、そのとき、ただ一つのことがわかったような気がしました。

 そのとき思わず自分の口から出た言葉は、「この世には何もないじゃないか」ということだったんです。“ない”ということがわかったような気がしたんです。  今まで、ある、あると思って、一生懸命に握りしめていたものが、一瞬の間になくなってしまって、実は何もないんだ、自分は架空の観念を握りしめていたにすぎなかったのだ、ということがような気がしたんです。

 私は、まさに狂喜乱舞というか、非常に晴ればれといた気持ちになって、その瞬間から生きかえったような感じがしました。
 とたんに、森で鳴いている小鳥の声が聞こえるし、朝露が、のぼった太陽にキラキラ光っている。木々の緑がきらめきながらふるえている。全くこれは、地上の天国だたいうことを感じたんです。  自分の今までのものは、一切が虚像であり、まぼろしであったのだ、ということだったんです。
 そのときから、自分の一生というものが、ある意味でいえば、それ以前とは全く変わったものになってしまった、と言えるような気がします。」

 福岡正信 『自然農法 わら一本の革命 』 柏樹社 P13〜18


3/12追加


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