臨死体験・気功・瞑想 

覚醒・至高体験の事例集

 

岡倉天心

 

2008年の10月に、所要で茨城県に行き、五浦(いづら)にある「茨城県天心記念五浦美術館」を訪れた。そこに展示されていた岡倉天心の手紙を見ていたとき、晩年の天心の心境を語る文面を目にした。親交のあったインドの女流詩人にあてた手紙であったが、そこに深い至高体験が語られていた。その場で少し時間をかけてその文章を書きとめた。

後で大岡信による評伝・『岡倉天心 (朝日選書 (274))』を手に入れて調べてみると、そこにもこの手紙が紹介されており、この手紙が書かれた前後のいきさつも確認できたので、ここに紹介したい。

岡倉天心(1862/63〜1913)は、明治時代の美術界の指導者であった。文明開化の時代で伝統的な芸術が軽んじられる風潮のなか、フェノロサとともに日本美術の復興に力を尽くした。

五浦に「天心記念五浦美術館」があるのは、東京美術学校内部の排斥運動で辞職した天心が、やがて横山大観らとともに創立した日本美術院の一部をこの地に移転させたからである。

最晩年の天心は、いくつかの病気をかかえながらも、比較的穏やかな日常をすごしていたようだ。だが、彼の死後30年を過ぎて、天心からベンガルのある女流詩人にあてた19通の恋文が発見された。私が、美術館で読み、書き写したのは、その17通目の手紙であった。それは、彼が死ぬ9月2日の一ヶ月前、8月2日に五浦から出された手紙であった。すでに病は、彼を深く侵していたもののようである。

以下が、岡倉天心がインドの女流詩人に宛てた17通目の手紙である(英語の原文を大岡信が訳している)。



奥様  

何度も何度もペンをとりましたが、驚いたことに何ひとつ書くことがありません。すべては言い尽くされ、なされ尽くしました――安んじて死を待つほか、何も残されていません。

広大な空虚です――暗黒ではなく、驚異的な光にみちた空虚です。炸裂する雷鳴の、耳も聾せんばかりの轟音によって生み出された、無辺際の静寂です。私はまるで、巨大な劇場にたった一人で座り、みずから一人だけで演じている絢爛たる演技をみつめる王侯のような気持です。おわかりでしょうか?  

いいえ――何も書くことはありません。  

お元気でいらしゃることを念じます。具合はよくおなりですか? 私は元気で幸せです。                   

   あなたの     

 覚三  

戒告

私が死んだら

悲しみの鐘を鳴らすな、旗をたてるな。

人里遠い岸辺、つもる松葉の下ふかく、

ひっそりと埋めてくれ――あのひとの詩を私の胸に置いて、

私の挽歌は鴎らにうたわせよ。

もし碑をたてねばならぬとなら、

いささかの水仙と、たぐいまれな芳香を放つ一本の梅を。

さいわいにして、はるか遠い日、海もほのかに白む一夜、

甘美な月の光をふむ、あのひとの足音の聞こえることもあるだろう。                        

一九一三年八月一日

 

 


ネットワーク 掲示版・リンク


to HOME英語の名言・癒しの言葉

.

Google


 
homeへ