臨死体験・気功・瞑想 

覚醒・至高体験の事例集  病とともにある場合

柳澤 桂子 氏

 メルマガ『精神世界と心理学・読書の旅』の第4号(7月28日発行)に柳澤桂子著『癒されて生きる―女性生命科学者の心の旅路 (岩波現代文庫) 』(岩波書店、1998)を取り上げました。

 著者は、サイエンスライターで『「いのち」とは何か』など、その方面のいくつかの著作で著名です。もともとは生命科学者でしたが、ある病のためサイエンスライターに転じたと いいます。
 ここに、 この本に記された彼女の神秘体験を紹介したいと思います。  

 彼女に研究者としての道を断念させたその病の症状は、めまい、吐き気、腹痛などから四肢の麻痺などにおよび非常に重いものでした。しかし、どんな医者も原因がわからず検査に も異常があらわれないため病気と認められず、そのため心因性の病ではないかとされしまう のです。

◆大きな暖かいものに包まれる◆

 症状は進行し職も失っていくなかで、社会的に病気と認められない精神的な苦しみと孤独 を味わいます。彼女の神秘体験は、そうした背景のなかで起きます。

 神秘体験は、発病後14年くらいたったころに起こりました。それは彼女の生涯の中で重要な意味をもつ体験だったといいます。  「この体験によって、何かが、おそらく私の脳のなかの価値体系のようなものが崩れて、 再構成されたように感じられる」と彼女はいいます。

 長い病気との戦いのため、いよいよ休職の期間も切れ、彼女にとって重要な意味をもつ研 究職を解雇されるという知らせを受けた晩にそれは起こったのです。「苦しみのなかで突如 として私を包み込んだ神の恩寵とも感じられる不思議なできごとであった」といいます。
 「この経験は言葉ではあらわしがたいが」とことわりながらも彼女は次のように記してい ます。


 山茶花(さざんか)の美しい日でした。電話で解雇の知らせを受けた夜、私の心はキリキ リ痛みました。眠るところではなく、私は般若心経について書いた本を読みながら横になっ ていました。心を苦しむにまかせていましたのに、本を読み進むにつれて、その苦しみが少 しずつ希望に変わっていくのを感じました。

 やがて、長い冬の夜が明けて、障子が白々としてきたとき、突然、私は激しいめまいを感 じ一瞬、意識がなくなったように思いました。次の瞬間、昇ってくる朝日に照らされながら、 私は何か大きな暖かいものにすっぼりと包まれているのを感じました。  それは何だかわからないけれども、もう私は一人で悩む必要も苦しむ必要もないと確信で きました。私のすべてを、現在も未来もその大きな力にまかせてよいのだと思いました。こ れまでも、いつも私はその大きな力に包まれていたのに、自分でそれに気づいていなかったのだと感じました。

 そして、自分の進むべき道がはっきりと、本当にはっきりと目の前に見えてきました。解雇や病気は、私が仕事を辞める理由にはならない。この宇宙の中での私は小さい、けれども それが私である以上、私は最善の生を生きなければならない。私と同時代に生きた人々のために、まだ私には何かができるはずだと感じました。私の生きてきた人生経験が、私に動かしがたい何かを与えてくれたこと、そして、私が、十年、二十年前の不安定な私ではなくな っていることを、はっきりと感じました。私の得たものを成長させて、世の中に返す義務があると思いました。一睡もしませんでしたが、前の晩のみじめな私はもうそこにはいません でした。


◆余分なものを削りとる◆

 これまでこの事例集に取り上げた多くの至高体験・神秘体験がそうであるように彼女の体 験の場合もある種の「極限状況」を経て訪れます。強烈な苦しみによって精神的に追いつめ られて、やむを得ず「手放し」の状態になる「十字架の道」の果ての出来事でしょう。

 「人 間であることの悲しみ、人間であることの限界を知る悲しみ」「涙も出ないほどの悲しみ」 「存在の深淵からにじみ出る悲しみ」を味わったのちの体験でした。

 エリザベス・キュブラー・ロスは『ライフ・レッスン』(角川書店、2001年)のなかでい います、一生のあいだには、学ぶべきさまざまなレッスンがあり、とりわけ死に直面した人 たちとともにいるとき、それを実感すると。人生において学ぶべきレッスンはいくつかあるが、そのなかのひとつに喪失のレッスンがあります。人生に避けがたい喪失の体験によってわれわれは、かけがえのない学びを得る。すべてのものにさようならをいうことによって、 自己の内部に、失われることのないなにものかを見出すのです。

 柳澤氏はは、症状の苦しみと、それにも増して病気と認められないという精神的な苦痛や孤独に耐えて、その魂は余計なものを削ぎ落として美しく輝いていったのでしょう。他の多 くの至高体験者と同じように、『余分なものを削りとる』作業を強いられることによって輝 きを放つに至ったのです。

◆神秘体験の特徴◆

 柳澤氏は、宗教学者の岸本英夫の説に触れながら自分の神秘体験を語っています。岸本によるといろいろな宗教に見られる神秘体験の共通の特徴は次の四つであるといいます。

(一)特異な直観性
(二)実体感、すなわち無限の大きさと力を持った何者かと、直接に触れたとでも形容すべき意識
(三)歓喜高揚感
(四)表現の困難  

 彼女はいいます。

 「私の体験は、この四つの特徴をすべて備えていた。それは、明け方の光とともに突然に あらわれたもので、まさに直観的としかいいようのない体験であった。何か大きなものにす っぼりと包まれた感じというのは、岸本のいう第二の特徴と一致する。私の目の前には進む べき道がはっきりと見えて、私は自信に満ちた高揚感を味わったのである。岸本のいう第三 の特徴である。私はこの経験を言語を使って文章にしてはいるが、もちろんこのような経験のないひとには私に起こったことの全貌を共感することは不可能であろう。岸本は『表現の困難』と記している。」

 存在の深淵からにじみ出る悲しい運命を背負っている自分の姿は、宇宙のなかの小さな小さな自分の存在への気づきに連なっていた。それに気づくと自分が宇宙に抱きかかえられているように感じられた。そう彼女いいます。

 彼女の体験は、マズローのいう至高体験の以下のような特徴にも対応しているように思われます。

☆「至高体験を体験する人は、宗教的な至福、恩寵を感じ、喜びと驚きと感謝の念に満たされる」
☆「その情緒反応は、なにか偉大なものを眼前にするような驚異、畏敬、尊敬、謙虚、敬服などの趣きをもつ」
☆「多くの二分法、両極性あるいは矛盾、葛藤が統一され、融合され、超越され、解決される」

 さらに彼女はいいます。
「神秘体験によって、私の足は地にしっかり着いたように思われる。この時以来私の心は揺 らぐことはなかった。私の道をゆく。その道が何かということはわからなかったが、私の前 には道が開けているという強い自信に支えられていた」と。
 彼女の心のなかにある価値体系の変換が起こり、他人の評価や自分の所有するものに重きを置かなくなりました。人間のもちうる朽ちぬ喜びを知るようになり、執着から自由になった心からは喜びが溢れたのです。

 マズローは、至高体験の人格におよぼす影響として次のようなものも挙げています。

☆「普通の性質の欲求や衝動を超越して、無欲、無私の立場から行動が自然に発生する」
☆「自己を活動や認知の責任ある能動的、創造的主体であると感じ、自由な意志と確信をもって自己の運命を開拓していく」

 彼女は、自分の神秘体験以後、確実にこのような態度で生き始めたのです。


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