◇臨死体験・気功・瞑想  臨死体験の世界を探求する

『死+限界=癒し』
(癒しへの臨死革命)

補遺

 以下は、『死+限界=癒し』(癒しへの臨死革命)の補遺です。
第5章で、盲目の臨死体験者については、いろいろとうわさのレベルの体験談は取り上げられているが、検証にあたいするしっかりした研究はないらしいと書きましたが、その後、盲目の体験者を対称としたケネス・リングの研究が発表されましたので、それを第5章に付け加えました。以下はその追加部分の原稿です。井登 石井 登
 掲載期間は2週間ほどとするということで出版社側の了承を得て、各章の主要部分を公開しています。

 分量的にすべては公開できないが、その主な部分だけでも一度インターネット上で公開することが、よいと考えたのは、次の理由によります。

 公開することで私自身が新たな気持ちで内容を再確認し、また読者の指摘により内容に間違いがあればそれをただし、さらにまた、少しでも読者の反応を得ることで内容をよりよいものにすることができるだろうということ。
 また少しは宣伝効果もあるかも知れないと考えたことなどです。(これはあまり期待していませんが)

   
  内容についてご感想やご指摘などあれば、掲示板にあるいはEメールでお送りいただければ、とてもうれしく思います。

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本文中のアラビア数字は、参考図書一覧の通し番号に対応しています。

 


  わたし自身が告白しなければならないのは、わたし自身もまたキュブラー・ロスの話等で、盲目の臨死体験者はかなりいるのだろうと、安易に信じていたということだ。ブラックモアが長年にわたって追究してきた結果、信頼に値する事例はまったくといってよいほどないという報告を知らされ、かなり驚いた。たしかにブラックモアの一つ一つの事例を徹底的に追究する姿勢からは大いに学ぶところがあった。

◆盲目の体験者が見た街の灯◆  

 ただし近年、ブラックモアの報告はもう一度検討しなおさなければならなくなった。ほかならぬケネス・リングによって盲目の臨死体験者のかなり徹底した調査が行われたからである。臨死体験者が、体外離脱中に見たと主張することが本当に体外離脱して見たことなのかどうかを厳密に検証するには、目の見えない人々の臨死体験を研究するべきだと考えていたリングは、共同研究者のシャロン・クーパーとともに1994年から3年間にわたり、かなり大掛かりな調査を行ったのである。その成果は、“Lessons from the Light”(『光に学ぶ』)のなかの1章を割いて、最初の簡単な報告として公表された。86

 この研究では、目の不自由な人々31人にインタビューしている。そのうち14人は生まれながらの盲目者である。また31人のうち21人が臨死体験をしており、残りの10人は臨死体験はなしで体外離脱したケースだという。

 これらの人々によって報告された臨死体験は、これまで見てきた典型的な臨死体験のパターンに一致するばかりではない。生まれながらに盲目なのか、あるいは後から視覚を失ったのかの違いに関係なく、報告された臨死体験の内容は基本的に同じだったのである。また、わずかな光しか知覚できない何人かの視覚障害者の臨死体験も、基本的な内容は同じだった。

 さらに、調査した31人のうち80パーセントは臨死体験または体外離脱の最中に「見る」ことができたと主張し、かなりのケースでこの物質的な世界の物や人を見ることができたと語ったのである。

 一例を示そう。ヴィッキーは調査当時42歳の女性で3人の子供の母だった。彼女は数カ月の未熟児として生まれた。当時、保育器に酸素が使用されていたがその供給が多すぎて、それが原因で視覚神経が破壊された。その結果生まれながらに完全な盲目となったのである。

 ヴィッキーは二度にわたり臨死体験をしている。ひとつは彼女が20歳のときに盲腸炎の結果として、もうひとつは22歳のときに自動車の衝突事故に巻き込まれた結果として起こった。彼女は言う、「わたしが見たり、光というものにかかわることが出来たのは、この二つの体験の時だけでした。わたしはそれを体験したのです。見ることができたのです。」

 二度目の体験のある時点で、彼女は自分が病院内で体外に抜け出したのに気づいた。

ヴィッキー: 実際わたしが最初に気づいたのは、自分が上の天井の方にいるということでした。それからわたしは医師が話しているのを聞きました―男性の医師でした―、そして下を見て自分のこのからだを見たのです。最初はそれがわたしのからだとはわかりませんでした。しかし髪の毛でわかりました。
[彼女はまた、見下ろしているのが自分だということがわかった別のしるしは、彼女が身につけていたとても特徴のある結婚指輪だったと後のインタビューで語った。]

リング: 髪の毛はどう見えましたか。

ヴィッキー: それはとても長かったのです‥‥腰までありました。そして頭髪の一部がそり落とされていたのです。そのことで動揺したのを覚えています。‥‥‥(中略)‥‥‥自分の頭が切り開かれているのが見えました。たくさんの血が見えました。
[しかし彼女は血の色については言えなかった。色についての概念がまだないと彼女はいう。彼女は医師や看護婦と話そうとしたが出来ず、非常にがっかりした。]

リング: 彼らと話ができなかった後のことで、あなたが覚えているのは?

ヴィッキー: それから屋根を抜けて昇っていったのです。本当にびっくりするようなことでした。

リング: それはどんな感じでしたか。

ヴィッキー: ホントにまあ、屋根とは思えませんでしたわ‥‥溶けたみたいでした。                                      ‥‥‥(中略)‥‥‥
リング: そこ(屋根の上=筆者注)に着いたとき何に気づきましたか。

ヴィッキー: 光、眼下の街路、そしてすべてのもの。わたしはとても困惑していました。

 それは彼女にとってはあまりに速く起こったので方向づけも出来ず混乱におちいり、見ることはある点で「恐ろしい」ことだったとさえ言った。それでも、とにかく眼下には病院の屋根が見え、街の灯が見え、建物がひろがっているのが見えたというのである。

 彼女は、その後とほうもない自由の感覚と肉体の束縛から解放された悦びに充たされるが、直後にトンネルに吸い込まれて光に近づいていく。そして花々でおおわれた輝くばかりの草原に出る。その間、もちろん彼女は「見えて」いたという。そこですでに亡くなった知人たちに出会う。彼らに近づこうとすると、とりわけ明るい輝きを発する人物に遮られる。彼女はその人物をイエスだと直観する。彼のもとで自分の全人生を回顧し、そのなかで彼女の家族や友人たちも見た。

 それから彼女は、子供を生むために戻らなければならないと告げられる。それを聞いて彼女は言いようもなく興奮する。母親になるということは長年抱きつづけてきた夢だったからである。この世界を去る前にその人物は、「愛と許しを学ぶ」ことがとても大切だと伝える。その瞬間に彼女は自分の肉体に戻っていた。そして再び激痛と重苦しさを感じた。

 以上を読んで、いかかだろうか。生まれながらに盲目であるヴイッキーの体験が、これまでに見てきた典型的な臨死体験と基本的に同一だということがわかるだろう。そして彼女は、この世でもあの世でも「見る」ことができたのである。この点も典型的な臨死体験と変わりない。そして、調査した他の盲目者の臨死体験も、この世もでもあの世でも「見る」ことができたという点を含めて、ヴィッキーと体験とほとんど同質といってよいのである。

◆夢は見えず、臨死体験は見える◆

 ところで、臨死体験はけっきょく一種の夢のようなものではないか、少しばかり神秘的な夢を見たにすぎないのではないかという見解は、一般にかなり根強く存在するものと思う。リングは、盲目の体験者に自分の見た夢と臨死体験との違い確認したいと思い、この点をヴィッキーに質問している。この質問に対するするヴィッキーの答えは、「似ているところはありません。まったく似ていないです」というものであった。

 彼女の夢のなかには視覚的な体験はまったく出てこないというのである。色も景色も光も影もまったくない。あるのは食べ物の味とか、ピアノを演奏したり歌ったたりするときの視覚以外の感覚。味覚や触覚や聴覚や臭覚はあるが、視覚的なイメージはまったくない。しかし臨死体験中には鮮明な視覚的な体験があったのである。だから臨死体験は夢とは本質的に違うとヴィッキーは断言する。

 やはり生まれながらに盲目で8歳のときに臨死体験したブラッドという男性も、夢のなかには視覚的なイメージはまったくないが、臨死体験には鮮烈な視覚体験があったと主張する。体外に抜け出して屋根の上に出たとき、除雪された大通り以外はすべて雪をおおわれているのを見たという。彼はその雪景色を詳細に語ることが出来た。除雪されて出来た雪の土手も、走り去る車も見えたという。あの世の領域では、輝く石の建物のなかに入っていき、そこで圧倒的な愛を発する存在と出会い、その存在のもとで人生を回顧したという。彼は言う、「夢のなかでは、目覚めているときとまったく同じ意識レベルにあります。つまり、視覚以外のすべての感覚があるのです。夢のなかに視覚体験はまったくないのです」と。

 確認すべきことは、ヴィッキーやブラッドの臨死体験は特別なものではなく、他の多くの盲目の体験者たちも同じような報告をしているということである。調査対象になった31人のうち80パーセントが視覚的な体験を語ったことはすでに触れたが、そのなかのかなりは、この世とあの世の両領域で「見る」ことができたと報告している。もちろん視覚体験についてまったく語らなかったケースもいくつかある。しかしリングは、それらについて本当に視覚体験がなかったとは言い切れないという。生まれながらの盲目の体験者は、そもそも見るとうことが何を意味するかわからず、視覚体験がたとえあったにせよ説明のすべを知らないような場合もありうるからだ。

 ともあれ全体としてリングらのインタビューは、臨死体験あるいは体外離脱中に何かを見たとう盲目者がひじょうに多いことを実証している。しかもその視覚はかなりの場合鮮明で細部にわたる。生まれながらに盲目の人々の場合も事情は同じなのである。

◆盲目者が「見た」光景は事実だったか◆

 しかし、盲目の体験者たちが見たとする内容が妄想や幻覚のたぐいではないことを明らかにするには、第三者的な立場からの証言や信頼できる記録などによる証拠が必要であることはいうまでもない。ところがこれがなかなか難しいのである。多くの場合、報告された臨死体験や体外離脱体験はかなり昔のものであり、目撃者として証言してくれる人を捜すのは非常に困難だったというのである。

 だが、まったくなかったわけではない。リングは三例挙げているが、そのうち一つを紹介しよう。

 ナンシーという41歳の女性の例である。彼女は手術中、医師の不注意により大静脈を切断され、しかもそのまま縫い込まれてしまい、さまざまな医療上の危機を招いた。その結果その時点で失明した。手術後、回復室での検査でその事情が発覚した。その部屋で彼女は意識を回復し「目が見えない、目が見えない」と叫んだのである。すぐさま彼女は担架で血管造影図を撮影するための部屋へ運ばれることになった。しかし運搬者があわてたため、閉じたエレベーターのドアに担架を衝突させ、その瞬間に彼女は体外離脱した。

 彼女は担架の上方を浮遊し、下に自分の体が見えたという。そして廊下の後方に息子の父と、当時の恋人が立っているのが見えた。彼らがただ突っ立ったままで近づいてこようともしないことをいぶかったのを覚えているという。そこで彼女の記憶は途絶える。  リングとクーパーは彼女の証言を確認するため、目撃した二人の男性にインタビューした。息子の父親は、おおよその状況の説明はナンシーの証言と一致するものの、その出来事の細部は覚えていなかった。しかしリングによれは、当時の恋人レオンの証言はこの出来事のかなめになるすべての事実がナンシーの報告と一致することを明らかにした。

 レオンの描写はかなり詳細だが、ポイントは廊下の離れたところで息子の父親と彼自身とが並んで見ていたこと、担架がエレベーターにスムーズに入らず「入らないわ、これを少し動かして」などとてこずっていろいろやっていたことなどの事実が含まれるとうことである。

 この時点でナンシーが完全に失明していたことは、当時のカルテやそれ以外の証拠から確かだという。たとえ失明していなかったとしても、彼女は顔面にマスクをかけられており廊下の男たちを見るのは不可能なはずだった。以上からリングは、彼女の視覚は完全に奪われており、しかも彼女が見たことの内容は目撃者によって事実として裏付けされたと主張する。

 ここでにもう一つだけ事例をあげておきたい。リングの研究からではない。ムーディーが『光の彼方に』の中で取り上げている、ロング・アイランドに住むという、体験当時七〇歳の女性の話だ。この女性は、一八歳のときに失明したにもかかわらず、心臓発作を起こして蘇生処置を受けていたあいだに周囲に起こっていた出来事を細々と描写することができたという。そのとき使われていた器具の形だけではなく、その色についても言い当てた。しかも、このとき用いられていた器具のほとんどは、本人の視力がまだあった五〇年以上前には、考え出されてすらいなかったものだったのだ。そのうえこの女性は、蘇生処置が始められたときに医師が着ていたシャツの青い色についても言い当てたという。74

 問題は、以上のようなリングらの研究やその他の事例がブラックモアのいう決定的な証拠の一つになるかどうかということである。ブラックモアの言う決定的な証拠の一つとは、生まれつき盲目の臨死体験者が体外離脱し、その間に見ていたと主張する内容が事実と合っていた場合だった。

 リングの事例もムーディーの事例も生まれながら目の不自由なケースではない。ただ両者とも体外離脱の時点で目が見えないのは事実だから、生まれながらの場合に準じて考えてもよいであろう。しかし、ナンシーが見たという状況は、病院に駆けつけて当然の二人の男性が廊下の離れたところから見ていたことと、担架がエレベーターのドアにぶつかったことくらいで、実際に見なければ絶対にわからないような特殊な状況とは言いがたい。ナンシーが、その時の様子を誰か(他とえばレオンに)事後に聞いていなかったという保証もない。だからやはりこれは決定的な証拠とは言えないであろう。

 次にムーディーの事例だが、本に記されたかんたんな紹介だけではわからないことが多い。たとえば、インタビューは体験後すぐなされたのか、医師やカルテでの確認はどのようになされたのかなど。 もしわたし自身が、アメリカに飛んで本人と関係医師に話の内容を確認することが出来たなら、証拠としての蓋然性はかなり高まるだろうが、実際はその余裕もない。他の研究者たちが同様の確認をしたという情報もない。だからこの話もブラックモアのいう決定的な証拠にはならない。ただし臨死体験の代表的な研究者が事実として報告していることが実は作り話だったというケースがそう多いとは思えないので、体外離脱の可能性について他の研究とあわせて総合的に判断するときの一つの材料として念頭におくこと価値はあるだろう。

 以上から少なくとも言えることは、盲目の体験者が体外離脱中に自分の周囲で起こっている状況を見たと言い、その内容を詳細に報告している事例はかなり多いということ。そのなかのいくつかのケースでは、本人以外の目撃者らによって報告内容がある程度は裏付けされているということである。 これらの事実は、さきに紹介したセイボムによる体外離脱の実証的研究などとあわせて考えるなら、臨死体験者が体外離脱時に実際に周囲の状況を「見て」いる蓋然性を高める一資料にはなるだろう。

00/8/8 追加


 
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