◇臨死体験・気功・瞑想  臨死体験の世界を探求する

『臨死体験・いのちと悟り』

第5章体外離脱は真実か?

第5体外離脱は真実か?  
臨死体験の科学的研究(2)

  1 それは真実として立証できたのか

◆心臓病専門医は体外離脱の真実性を実証したか
◆メーターの針の動きを正確に語った体外離脱者

◆「自分の足の付け根に注射するのを上から見た」のは本当か
◆「私の心臓をあちこち切って取ってましたよ」
◆見舞いの家族を心停止中に確かに見た!
◆体外離脱中に見たテニスシューズの謎
◆盲目の臨死体験者はいるのか

以下省略

 2 「体外離脱=脳内現」象説への批判     

◆鳥瞰図風にインプットされた記憶が体外離脱の幻覚となる?
◆痛覚から得た情報で浮遊のイメージは作れない
◆痛みがないのに痛覚から「現実」をイメージできるか     
◆体外離脱者は自分の肉体を自分と認識できない

 

1 それは真実として立証できたのか

◆心臓病専門医は体外離脱の真実性を実証したか◆

 ブラックモアの「脳内現象」説への反論は、上に見てきた他にもいくつかの観点から可能なのだが、ここでは彼女の説をもうしばらく追おう。彼女がつぎに試みるのは、臨死体験者が報告する体外離脱体験およびその際に自分の肉体を上から見たなどの不思議な体験を脳の科学で説明することである。まず彼女は、 臨死時の体外離脱体験に関するセイボムによる研究に批判の矛先をむける。以下はブラックモアの『生と死の境界』の第六章・第八章の内容を、セイボムの『「あの世」からの帰還』等と突き合わせながら検討していく。

 セイボムは、体外離脱体験が本当に体外から自分を見る体験であるのかどうかを、データを詳しく分析しながら検証し、それが体外からの自己視であることを否定できない事実が残ると主張した。たとえば彼は、実際に心肺蘇生術を体験した臨死体験者と、臨死体験をもたない心臓病患者(比較対照群)とに蘇生術の様子を描写してもらい両者を比較した。その結果、比較対照群の患者の八割にはその描写に大きな間違いがあったが、臨死体験者に間違いはほとんど見られなかったと報告する。体外離脱体験をどう理解するかは、臨死体験を解釈する上で重要なポイントになる問題なので、ここでセイボムの研究をやや詳しく紹介しよう。

 セイボムは、臨死体験を自己視型体験、超俗型体験、複合型体験の三つに分けて分析している。自己視型体験とは、いわゆる体外離脱体験にあたり、自分の肉体を上から見下ろすような体験のことである。超俗型体験とは、暗闇の世界を通って「光」の世界に入る等々、「この世」とはまったく異なる「あの世」的な世界の体験をすることである。

 複合型体験とは、自己視型と超俗型の両方の要素を連続して体験するものである。たとえば臨死体験者が、フワフワと上に浮かびあがって下に横たわる自分の体を見た(自己視型体験)あと、トンネルを抜けて愛と光の世界に入った(超俗型体験)とすれば、この体験は複合型に属するだろう。ちなみにセイボムが集めた体験者の中では、自己視的体験だけの者が約二割、超俗的体験だけの者が約五割、複合型の体験者は約二割であった。

 自己視型の臨死体験が、いわゆる体外離脱体験だとすれば、超俗型体験も「体外」での出来事なのだろうか。もちろんこの問いに簡単に答えることはできない。セイボムは、少なくとも自己視型の臨死体験が、本当に体外離脱体験であるのかどうかを、データを詳細に分析しながら徹底的に検証している。 彼は、まだ臨死体験に疑いの目を向けていたころ、自分が救急蘇生法によって処置されている場面を「上から見た」という患者が現れるのを手ぐすねひいて待ちかまえていたという。心臓病の専門医として蘇生法を知り尽くした自分が、専門医によるカルテの記述と、患者が見たと称する救急処置の内容とを詳しく比較すれば、明らかな食い違いがいくらでも見つかり、体外離脱体験のいかがわしさを立証できると考えたのである。 五年間の臨死研究のあいだにセイボムは、臨死状態のなかで自分の蘇生場面を一部にせよ「見た」と称する患者三二人にインタビューした。その結果は、まったく予想に反したものだった。何人かの患者たちが上から見たとする内容は、専門医のカルテの記述と基本的に一致しており、「事前のあいまいな知識からのいい加減な推測」とはいえないし、まして「幻覚」ともいえないことが判明したというのである。

  科学者としてのセイボムは、自己視型の臨死体験をしたという患者と個人的背景(学歴など)が似ており、心臓発作等で入院したことのある「対照」患者(非臨死体験者)二五人を選んだ。そして彼らに、「心停止を起こした患者に医者たちが救急処置を行っている場面を、病室の隅から見ているとイメージしてその内容を語るように」と依頼したのである。その結果、蘇生法についてある程度の知識をもち、多少なりとも描写ができた二三名のうち二〇名(八〇パーセント)が大きな過ちを犯し、誤りのない三名による描写はごく限られたものであった。

 一方、自分の臨死体験にもとづいて心肺蘇生法の場面を語った患者の場合には、取りたてて言うほどの誤りは見られず、その点で「対照」群患者との明らかな差を示したという。特にそのうちの六人は自分の蘇生措置についてかなり詳細にわたる正確な描写を行い、そしてひとりは、一挙一動におよぶきわめて正確な描写のため、セイボムを驚かせた。

 セイボムは、自己視型の体験の中で医者が自分にほどこす救急処置を明確に描写した六人の患者のそれぞれの事例を詳細に分析して、それぞれ特徴をもった個々の処置のカルテとかなり一致していることを立証しようとしている。そのうちの二つについては、ブラックモアの批判との関連のなかで追って紹介する。

 いずれにせよ、セイボムの研究が貴重で興味深いのは、初めに臨死体験の内容をいかがわしいものと疑っていた科学者が、心臓病専門医としての立場と専門知識とを惜し気もなく利用して徹底的な調査と分析をかさね、ついには臨死体験について何らかの「真実性」を認めざるをえなかったという点であろう。それは、彼の「心臓病専門医としての誇りと科学的厳密性と力量と」フリン臨死体験330をこの現象の検討に注ぎ込んだすえの結論だったのである。

◆メーターの針の動きを正確に語った体外離脱者◆

 ブラックモアは、まずこのセイボムの研究を批判する。彼女の批判の要点は、人が意識を失うとき、感覚は一挙に完全になくなるのではなく、聴覚や触覚は働いている場合が多く、それらをつなぎ合わせて真に迫った視覚的イメージを描くことは可能だというものである。先のセイボムの比較研究で言えば、臨死体験者は、意識を失っていたとしても実際に蘇生術を体験しており、それに対して比較対照群の患者はそうとは限らないので、両者の情報量には差があり、公平な比較とは言えない。つまり臨死体験者の方は、意識はなくとも聴覚や触覚が残っていた可能性があり、だとすれば体外離脱を想定しなくとも、それらの知覚をつなぎ合わせることで、とられた処置を正確にイメージ化することもできたはずだというものである。

 セイボムは、医者が自分にほどこす救急処置をとくに明確に描写した六人の臨死体験者のそれぞれの事例を詳細に分析したが、ブラックモアは、その中の二例を挙げてそれらが体外離脱による超常的な視覚体験の「確証」とはならないと批判する。  たとえばセイボムは、心臓麻痺で心臓が停まった元空軍パイロットの聞き取り調査の逐語録を掲載し、その分析を行って、「本患者が行った蘇生場面の自己視的描写は、集中治療棟内で熟練した専門家が心肺蘇生を行う際予測される内容と正確に一致している」170と結論する。

 ところがブラックモアは、このケースは次の二点から超常的な視覚体験の強力な証拠にはならないと批判する。第一に、このケースでその医療記録から確認できたことは、患者が集中治療室で心臓が停止し、心臓細動の除去に成功したということだけであり、それ以上の具体的な処置は確認できないこと。第二に、セイボムがこの男性から聞き取り調査をしたのは心停止を起こしてから五年後のことであり、あとで自分に施された処置の話を聞いたり、特別に深い関心をもって心臓の蘇生術についての本やテレビを見たかも知れないことである。

 ブラックモアの批判は、どれだけ妥当なものだろうか。たしかに彼女が批判するようにこの患者のカルテから確認できたことは、「入院二日目の早朝にCCUで心停止を起こしていることが確認された。直ちに除細動が行われ、患者は蘇生してる」という内容だけである。にもかかわらずセイボムがこの患者の体験を例として挙げているのは、他に検討するだけの十分な理由があるからである。ブラックモアはこの点をまったく無視している。大切な点なのでセイボムの逐語録とその分析との一部を紹介しながら検討してみよう。(引用中の――は、セイボムの質問を示す。傍線は筆者による。以下同様)

 ――その部屋で起こってたことでそれ以外に覚えていらっしゃることはございませんか。

 「看護婦さんたちが、除細動装置を台車に乗せて引っぱってくるのを見た覚えがあります。しゃもじみたいなものがふたつ付属してましたね。いくらいくらのワット秒[ジュール]にしろ、とかそんなことを言いながら、私にショックをかけたんです。」

 ――その器械やそれが乗っていた台車について細かいことでお気づきになったことはございませんか。

「正面にメーターが付いていた覚えがあります。たぶん電圧とか電流とかワット秒とかそういうことを計るメーターだと思いますがね。」

 ――そのメーターはどんな感じのものかおわかりになりましたか。

「四角い形で針が二本ついていて、一本は固定される方で、もう一本が動くようになってました。」

 ――針はどんなふうに動きましたか。

「かなりゆっくり起きてくるようでしたね。電流計とか電圧計とかと違って、速い動きはしませんでしたよ。」

 ――針はどのくらいのところまで行きましたか。

「最初は時計で言えば、一一時あたりを指してました。二回目は、一二時を越えるところまで行って、三回目は一時半くらいまで行きましたね。」

 ――動く方の針と固定されている方の針とはどういう関係だったんですか。

「固定されている方は、ショックをかけたり器械をいじったりするたびに位置が変わりました。先生方は固定されている方の針を動かしていたようですけど、もう一本の方が起きている時はそっちは動きませんでした。」  

 インタビューはここに掲載した部分の前後七ぺージにわたって続き、患者は自分に施された心肺蘇生法をこと細かに描写している。すでに述べたようにカルテの記述が限られているのでそれとの照合はあまり意味をなさないが、少なくともそれは「集中治療棟内で熟練した専門家が心肺蘇生を行う際予測される内容と正確に一致」しており、とくに引用した「固定される」針と「動く」針についての描写にセイボムは「強い印象」を受けたという。患者が描写したような二本の針の動きは、この装置が現に使用されている場面を実際に見たことがなければ語れない内容のものであるという。セイボムによれば二本の針とは、それぞれ次のようなものである。

(1)患者に通電する電気量をあらかじめセットするためのもの(「先生方は固定されている方の針を動かし、[もう一本は]動きませんでした」)

(2)除細動装置から電流があらかじめセットされた量だけ充電されているかどうかを示すためのもの([動く方の針は]かなりゆっくり起きてくるようでしたね。電流計とか電圧計とかと違って、速い動きはしませんでした」)  

 患者は、このような心肺蘇生法や除細動装置の針の動きなどはこの時以外にみたことはないとセイボムに断言したという。またこの患者が見たようなタイプのメーターは、この患者が心肺蘇生法を受けた一九七三年当時にはごく普通に使われていたが、その後はほとんど使われないという。 こうした具体的な分析からブラックモアの批判にどのように答えられるだろうか。

 第一に、たしかにこのケースではそのカルテとの照合による細部の確認はできないが、患者は実際の心肺蘇生法のとき以外には見ることのできないような除細動装置の針の動きについて正確に描写している。

 第二に、たしかにセイボムがこの男性から聞き取り調査をしたのは心停止を起こしてから五年後のことであるが、患者はその後に心肺蘇生法や除細動装置の針の動きなどを見たことはないと言っている。たとえもし、自分に施された処置の話を聞いたり、あるいは証言に反して心臓の蘇生術についてのテレビなどを見ていたとしても、患者が描写したほどに細かな針の動きまで話して聞かせる医師もいないだろうし、除細動装置のメーターを動きをそこまで追うテレビ番組を考えるのは不自然である。

 だからといってもちろん、このケースだけではブラックモアがいうとおり超常的な視覚体験の「強力な証拠」にはならないだろう。だがセイボムは、この例だけを示して体外離脱体験の「確証」を主張したわけではない。公平な判断は、彼が分析した他のケースや研究全体とあわせて総合的に考量した時にのみ下せるのではないか。

◆「自分の足の付け根に注射するのを上から見た」のは本当か◆

さて、次にブラックモアが取り上げて批判するのは、やはり心臓発作を起こして心停止し、その間に自己視型体験をした元機械工の例である。セイボムは、この患者が体験中に自分の足の付け根のあたりに注射されたのを見たと主張するのを取り上げてつぎのようにいう。すなわち、このとき実際に行われたのは注射ではなく、血液ガスを測定するための動脈からの採血である。もしこの患者の描写が、その場にいた医者の会話をもとにして聴覚からの情報によって作り上げらていたとすれば、こうした誤解はなかったはずだ。本人が離れた場所からこの場面を見ていたからこそこういう誤解が起こったのではないか。189 

 しかしブラックモアは、この場合も人が半意識状態にあるときに残っている感覚は聴覚だけではないと批判する。この患者は、触覚や痛覚が残っていて針が差し込まれるのを感じたかも知れないというのだ。まずは、この患者の証言を聞いてみよう。

……その時急に、自分の体が上にあがってきたんですわ。それから起きあがりました。その部屋は輝いとるみたいでしたが、光がどこから射しとったのかはわかりません。下を見てたんですが、そしたらみんなが私にいろいろしてはりましたわ。(中略) 最初はそれが自分の体ということがわからんやったさかい、自分が死んどるとは思いませんでした。変な感じやったですわ。みなさん私の治療をしてくれはっているのが見えて、それから治療されてるのは自分やとわかったんです。痛みは全然のうて、とっても安らかな気持ちでしたわ。死は恐ろしいもんやおまへん。何も感じませんでしたから。先生が足の付け根のあたりに注射しはりました。B先生が来はって、左に一本注射することにしはったんですわ。腋の下やなくて、脇腹でしたわ。それから思いなおしはって、反対側に回って心臓に近い方に来はりました。‥‥みなさん、こういう当てるもん使うて私を生き返らせようとしてはるがみえました。潤滑油みたいなもんをそれふたつに塗らはって、それをこすり合わせてですな、私の体に当てはるんですわ。そしたら私の体が飛び上がりましたんや。そやけど、その時も何も感じませんでした。それから体を元の位置に戻しはって、もう一回当てはったんですわ。そしたら意識が回復してきましたんや。

 その後の回診のとき、B先生は患者に「あんたは死の瀬戸際まで行って死んだ」というようなことを話した。患者は、「先生、私、死んだはずないですわ。その時のこと全部わかっとりましたんや」と言った。それから、治療室で先生が、患者の腋の下から顔をあげて、思い直して反対側に行った時のことをを話すと、先生は「そんなことあらへん、そないこと見えたわけない、あの時あんたは医学上は死んでたんやから」と言って、理解できないという様子で首を振るばかりだったという。

 それで患者は「私の言うてること当たってますか」と聞くと、先生は「あんたの言うことは確かや、当たっとる」と返事をした。そして首を振りながら行ってしまったと患者は振り返っている。ただしセイボムが確認したところ、患者の主治医は二年以上前のこの蘇生処置の細部は覚えていなかったし、この患者をとくに覚えていることもなかったようである。 このケースでもセイボムは患者に治療の細部についての質問を続ける。患者はそれに細かに答えており、その描写は、集中治療棟内で一般的に行われる心肺蘇生法に正確に一致している。しかし残念ならがカルテには一般的な記述以上には患者の話に対応するような詳細な記述はない。ただしカルテに「血液ガス分析のために動脈血が採取された」とは記されており、これが「先生が足の付け根のあたりに注射しはりました」という患者の証言に対応するわけである。

 問題は、これが視覚的な記憶によるものか、触覚的な記憶から再構成したイメージによるものかだ。たしかにこの点にだけかぎれば、ブラックモアの言うように足の付け根の痛覚から視覚的なイメージを作り上げたと仮定することも不可能ではないだろう。ただしこの仮定は、自己視型の体験中に患者が肉体的な痛みを全く感じていないという事実とは矛盾する。この患者は「痛みは全然のうて、とっても安らかな気持ちでしたわ」、「その時も何も感じませんでした」とはっきり言っている。この患者にかぎらず自己視型の体験中は、ほとんど誰もが痛みをまったく感じていないのが普通である。

◆「私の心臓をあちこち切って取ってましたよ」◆

 さて、これまでに見たブラックモアの批判は、セイボムの自己視型臨死体験(体外離脱)の研究全体に照らし合わせてどれだけ妥当性があるのだろうか。まず確認すべきことは、一般に批判というものはブラックモアがやったようにいくつかの事例だけを取り上げて、それらが個々に確たる証拠になるかどうかを論じるのではなく、対象となる研究の全体を総合的に検討して判断すべきだということである。個々の事例が強力な証拠にはならないとしても、セイボムの研究全体から総合的に判断すると臨死体験者が自らの救急処置の様子をベッドの上方から見ていたという主張は、かなり蓋然性が高くなるのではないか。

 たとえばブラックモアは、すでに見たように元空軍パイロットの事例を引き合いに出して、このケースのカルテにはごく一般的な記述しかなく具体的な処置での患者の証言との一致は確認できないという。一般的にいってもカルテは通常、やったことを逐一記録するわけではなく、必要最低限の記録しかしないから、具体的な証拠にはならないという。しかし実際には、セイボムが別の箇所であげた心臓手術中の自己視型臨死体験の事例の中に具体的な処置の記録と証言とがかなり一致しているケースもある。

 その一つは、医学には素人の男性患者が自己視型の臨死体験中に自分の心臓が切開される手術を目撃し、その様子を描写したものである。外科医のカルテと比較しながら一部を紹介してみよう。( )内は対応する外科医の記述である。

  「先生方が使ったノコギリの絵が描けます」(胸骨正中にて鋸断)「肋骨を開く器具の絵もね。……先生方が私の胸を開くのに使った器具ですけど、錆が全然なくてほんとにきれいな鋼鉄製でした」(開創器が使用された)「左側か右側か忘れましたが、他のところよりも黒っぽい部分がありましたね。全部同じ色じゃなかったですよ」(心室瘤に切開が加えられ遊離された。……心室瘤はきわめて大きいように見えた)「私の心臓をあちこち切って取ってましたよ。それを上にかざして、こうやったりああやったりしながら長い間調べたりいろいろ見たりしてましたね」(心膜壁内で心臓を上下に反転した後、心室瘤の最も隆起した部分に切開が加えられた。……心室瘤全体が切除された)「針を私の心臓に突き刺して、何か注射した……」(注射器によって左心室から排気した)「先生方は、内側の方を先に縫って、それから外側を縫いましたね」(開創部は数層に縫合された)

 この描写のなかには、聴覚や触覚だけで再構成することは不可能な視覚的な要素も確実に含まれている。一連の観察中には、もちろんカルテに対応箇所のないものもある。「私の心臓を‥‥上にかざして、こうやったりああやったりしながら長い間調べたりいろいろ見たりしてましたね」という証言に対応するような作業は、カルテでの記述では省かれているようだ。しかし全体として「通常の開心術を考える限り正確であり、開胸後の心臓の形状や色彩に関する描写も非常にしっかりしている」と心臓病の専門医であるセイボムが保証している。

 その上、セイボムがこの患者から聞き取りを行ったのは手術の直後のことであり、あとから心臓切開手術についての何らかの知識が仕入れられたという可能性もほとんどないという。なぜブラックモアは、元空軍パイロットらの事例だけをあげて、この開心術の事例を無視したのだろうか。自分が批判するのに都合のよい事例を一つ二つあげ、都合が悪い事例は避けたと批判されても反論できないのではないか。 自己視型臨死体験の描写が正確な理由は、その医療の場面を見ていた医者や看護婦などの関係者が、本人にその状況を教えたためではないか、という一般的な批判は当然予想される。セイボム自身は、そうした一般的批判に対しあらかじめ次のように反論している。

 第一に、患者が描写する内容が、医者が治療後に自分の患者に説明すると予想される内容よりはるかに詳細であるということ。「プラスチックのエアウェイを気道確保のため挿入したとか、頸動脈で脈拍を触れたとか、瞳孔反射を確認したとか、手筋や鼠蹊部から動脈を採取したとか、除細動装置の計器の針の動き方とか」等、多くの自己視型臨死体験で語られるような細部については、医師が患者に伝えたとは考えにくい、というのだ。

 第二の理由は、自分が見たことを蘇生した直後に語った患者も若干おり、直後に家族に語った内容と後にセイボムが聞き取った内容との一致が確認された例もあるということ。188 上の心臓切開手術を受けた患者の証言も、医者や看護婦が患者に語ったとは考えにくい、細かく具体的で正確な描写を含んでおり、しかも手術の直後の証言であることが確認されている例である。

◆見舞いの家族を心停止中に確かに見た!◆

 つぎに半意識状態において残っていた聴覚や触覚から得た情報をつなぎ合わせて自分に施された医療処置を描写したのではないかという批判も考えられる。これに対してセイボムは、その反証として次のようなケースも一例としてあげている。

 やはり心停止を伴う心臓発作の最中に臨死体験をした患者だが、彼はその最中に、たまたま見舞いに来た三人の家族を見たと証言しているのだ。セイボムがインタビューした妻の話によると、翌日が退院だったため、妻はその晩面会に行く予定はなかった。ところが長男と長女が自宅に訪ねて来たため、夫を驚かせようと思って急きょ三人で面会に出かけた。夫の病室に向かって歩き始めると、まだ一〇部屋以上手前のところで看護婦に止められた。夫は、病室から運び出されたところで医師たちに何か治療を施されていた。患者の顔は妻の方を向いておらず、妻からは夫の白髪だけが見えた。患者は、家族のそばを通らずに、別の階の集中治療室へそのまま運ばれた。三日後患者は、自分が見たことを妻に話せるようになった。以下は妻の話である。

 「主人はみんな見てたんです。先生が治療してくださっているところを見たんです。それから主人は、私どもが廊下の隅に立っているのを見たと申しておりました。それから主人は、頭のてっぺんが私どもの方を向いていた[顔は別の方を向いていた]ので、私どもが見えたはずはないんです。……主人は、私どもを見たことを誓ってもいいと申してました。」

 この夫婦には六人の子どもがおり、全員が独立していた。だから夫の面会に行くときはいつも同じ顔触れとはかぎらず、毎回メンバーが違っていた。にもかかわらず夫は、そのとき廊下に誰が来ていたかをも正確に言い当てたという。  もしこれが事実だとすれば、聴覚と触覚では知り得ない情報を臨死体験中につかんだ一例といえるだろう。もちろんこの事例では、最終的には患者と妻の証言を信じるか否かという問題にかかわってしまうので、これが確たる証拠になるとはいえない。  

 しかし大切なのは、こうした個々の事例を念頭においた上で、自己視型臨死体験において自分の蘇生場面を見たという患者の話と、その比較対照群の患者の話を比べたセイボムの研究をもう一度検討してみることである。確かに臨死体験者は実際に蘇生術を体験しており、比較対照群の患者はそうとは限らない。臨死体験をもたない対照群の患者のなかで、心停止を起こしたのは実際四人だけである。したがって両者の情報量には差があり、公平な比較とは言えないかも知れない。しかし、それだけでこの比較研究の意味がなくなるわけではない。

 まずセイボムの記述から判断すると、心停止を経験した対照群の四人が描く心肺蘇生術には、大きな間違いがあるか、間違いがなくとも描写が一部に限られているかのどちらかで、臨死体験者の詳細で正確な描写と大きな差があることがわかる。さらに臨死体験者の中には、残存する聴覚や触覚でつなぎ合わせたイメージでは知り得ない光景を見たと主張する者もおり、その光景の正しさを保証する人物や資料もいくつかある。また体験してからセイボムのインタビューを受けるまでに五年経過しているものも一人いる(元空軍パイロット)が、直後にインタビューをした者も何人かいる。

 にもかかわらず臨死体験者の話の内容は、医師が自分の患者にふつうに伝える範囲を超えて専門的な部分に及び、視覚的な描写も含めて微に入り細にわたっている。しかも心臓専門医であるセイボムの判定からしても間違いはきわめて少なく、間違いの多い対照群との差は歴然としている。さらに付け加えるなら、臨死体験者による自分の蘇生処置の場面の描写は、専門家が心肺蘇生を行う際予測される一般的な内容と正確に一致しているが、その上さらに患者一人一人によって違う蘇生術の個別性に即した内容になっている。たとえば、セイボムが分析した六例のうちのある患者は、自分の場合は除細動しか行われなかったと述べたが、これは、カルテの記録から推定される内容と一致するという。

 これらの事実を全体として見たとき、半意識状態における聴覚と触覚からの情報や、医師やテレビからの情報のつなぎ合わせによって作られたイメージによるものと説明するのは、かなり無理があると言わざるをえない。人間の意識現象をすべて脳細胞の生理学的過程に還元してしまう近代科学的な先入観から自由に、データの全体を見て公平に判断するなら、セイボムのいう自己視型臨死体験の事実である可能性、あるいは蓋然性はかなり高いと言えるのではないだろうか。

◆体外離脱中に見たテニスシューズの謎◆

しかしブラックモアは、以上のような高い蓋然性にはまったく重きをおかない。誰も文句をつけようのない完璧な証明ができなければ、体外離脱がありうるなどと少しでも考えるのは間違いだ、とばかりにセイボムの研究成果は完全に否定される。そして、研究全体から判断することで得られる、その主張の高い蓋然性は無視されてしまう。  では、ブラックモアの言う「確かな証拠」とはどのようなものなのか。一つ目は、たとえば治療室のベッドで意識不明で蘇生処置を受けていた最中に体外離脱したという者が、「いかなる感覚も感知できるはずのないようなことを、いろいろ知っている」場合。二つ目は、生まれつき盲目の臨死体験者が体外離脱し、その間に見ていたと主張する内容が事実と合っていた場合だ。

 ただし、一つ目の「いかなる感覚も感知できるはずのない」という条件は不当に厳しすぎる。意識不明で蘇生処置を受けていた者がその最中に聴覚や触覚では知りえない、視覚的な情報を得ていて、それが事実と一致すると証明されるなら、十分に「確たる証拠」になることは誰もが認めると思う。そこで一つ目の条件は、わたしなりに「蘇生処置等の条件のもとでは絶対に知覚し得ないはずの事実を、処置を受けていた患者が知覚していたことが証明された場合」と言い換えて、考えてみたいと思う。 まず、一つ目に該当すると思われる事例は、わたしのいう条件にまで拡大して考えれば、これまでにかなり多く紹介されている。しかしブラックモアは、それらの中に確実な裏づけのあるものはほとんどないと断定する。この種の事例で、最も有名であり、引き合いに出されることも一番多いのは、ソーシャルワーカーのキンバリー・クラークが報告したマリアとテニスシューズの話である。ブラックモアもこの話を手短に取り上げているが、立花隆氏は、キンバリー・クラークに直接インタビューし、その内容を『臨死体験・下』の中で詳しく報告している。

 一九六七年、マリアという五〇代の女性が心臓麻痺を起こしてシアトルの病院の救命救急センターに運ばれた。その三日後に彼女は、心停止を起こした。後にマリアはクラークに、医者が自分に蘇生処置をほどこしている時、自分は天井からそれを見下ろしていたと語った。自分の蘇生処置中に誰が何をやっていたかをマリアが語った内容は、クラークがその場で見ていた事実と一致していた。しかしクラークは、マリアは耳が聞こえていて、その情報からその場面を再構成した可能性もあると考えた。

 ところがマリアは、そうした解釈では理解できない、病院の外で見た光景を語りはじめた。救急処置室から一瞬の間に病院の外に浮かび出た彼女は、病院の三階あたりの窓の外側にいた。その北側の端にある窓の張り出し部分に何かが見えるので近づいて見ると、それはブルーのテニス用シューズの片方だった。小指のところがすり切れ、紐がかかとの下になっていた。マリアは、本当にその靴を見たのだから、それを探して取ってきてくれとクラークに頼んだ。

 クラークは、半信半疑で外に出て探したが、何も見えなかった。次に三階にあがり、病室を一つ一つまわり、窓からのぞいて歩いた。そして、ある病室の窓の外に、マリアがいった通りのテニスシューズを発見したのである。クラークはショックを受けた。マリアは、夜中に救急車でかつぎこまれ、その後はチューブやワイヤーで機器につながれベッドに釘付けのままだった。彼女に病院の窓の張り出し部分にある靴の存在を事前に知る機会は絶対になかったのだ。 立花氏は、テレビ取材のスタッフとともにわざわざ似たようなシューズを用意し、それを実際にその病院の窓の外の実際にあった場所に置いて、外からは絶対に見えないことを確認している。体験者のマリアについては、メキシコからの季節労働者であったため、その後の消息がつかめず、体験者自身からの話は聞けなかったという。ただし、キンバリー・クラークは、その社会的な地位からも会って話した印象からも、デタラメを言うような人物ではないことがわかったという。立花氏は、どちらかというと「脳内現象」説に立つのだが、この一件に関しては結局どのように解釈してよいか分からず、解けない謎の一つだとしている。

 ムーディーは、このマリアの体験を、「脳内現象ではどうしても説明できない実例」として高く評価している。そして、このような実例と出会うことが、彼自身、はじめは臨死体験は幻覚にすぎないと思っていたのに、やはり死後の世界はあると考えるようになったきっかけだという。立花下52  ところでブラックモアは、このケースについても確たる裏づけがなく、確証のあるケースとは言えないという。では、彼女の場合どのような情報が得られればこの事例の確たる裏付けがなされたと考えるのか。たとえば、窓の外にマリアに聞いた通りのテニスシューズがあったと確認したのが、クラークだけではなく三人あるいは四人だったらどうなのか。そうした場合でもブラックモアの基準から言えば、これは確証が得られた事例とはならないであろう。この種のケースでは、結局最終的には当事者の証言を信じるか信じないかという問題になってしまうからだ。しかもこうした場合、実験室で同じ条件で何度も同じ実験を繰り返すことで確認することもできないのだ。つまり臨死体験においては、科学実験と同じような意味で確証の得られるケースなどないのだ。 この点では、筆者はブラックモアと意見を同じくする。違うのは、近代科学的な常識を金科玉条のごとく前提として考えてはいないという点だ。臨死体験を全体として見、そのさまざまな側面やこれまでの研究の成果を総合して判断すると、そこには「脳内現象」説で説明できない「何か」が残る蓋然性がきわめて高い。近代科学的な意味で確たる証拠がないからと言って、近代科学の常識を超えた「何らかの現象」を暗示する蓋然性すらも、むやみに切り捨ててしまうわけにはいかない、というのがわたしの基本的な立場だ。

◆盲目の臨死体験者はいるのか◆

 次にブラックモアの言う「確かな証拠」の二つ目、盲目の臨死体験者が体外離脱し、その間に見ていたと主張する内容が事実と合っていた場合というのを考えて見よう。この点に関しても彼女は、これまでに語られてきたこの種の事例を徹底的に調べあげて、決定的な証拠と言える事例はひとつもないと結論している。 まず、盲目の臨死体験者について早くから言及していた最も有名な人物は、終末医療のパイオニア、エリザベス・キュブラー・ロスであろう。ブラックモアも引用しているロスの証言とは、次のようなものである。  

 もし体験が単なる願望の充足だとすれば、彼らは私たちが着ているセーターの色やネクタイのデザイン、人々の衣服の形や色、デザインを詳細に説明することはできないはずである。臨死体験の話を聞くために、目が見えない人数人を面接したことがあるが、彼らは、誰が最初に部屋に入ってき、誰が蘇生術をしたか言い当てたばかりか、そこにいた人々全員の衣服について詳しく説明できたのである。これは全然目の見えない人には普通できないはずのことである。

 しかしキュブラー・ロスは、これに関する詳しい資料はまったく公表していず、またこうしたケースを徹底的に追究して自説を立証するようなこともしていないという。したがってロスが言及した例は、確たる証拠にならない。 ブラックモアによると、エミール・ミューラーという研究者が、目や耳が不自由な人の臨死体験談を広告で募集したことがあるという。しかし目の見えない人の臨死体験談は一通も入手できなかった。これはと思えるような体験談はなかなか見つからないのが現実のようだ。

 そんな中でブラックモアは、ラリー・ドッセイ医師の『魂の回復』という本の中に確かな証拠になりうるかも知れない体験談が掲載されているのを発見した。それは胆石手術中に心停止したサラという患者の体験だった。サラは、生まれつき目が見えず、しかも手術中、完全に麻酔がきいていたにもかかわらず、手術中の細々とした点まで回復後に言い当てた、すなわち「心臓が止まったときの医者や看護婦の殺気だった会話、手術室の配置、外の廊下にある手術の予定を書く黒板の走り書き、‥‥廊下の向こうの医者の控え室で彼女の手術が終わるのを待っていた医者たちの名前、さらに彼女の麻酔を担当した医者は、その日左右ふぞろいの靴下をはいていたという細かな点まで」。 このような体験談がある以上、自説が間違っていたのかも知れないと思ったブラックモアは、ドッセイ医師に手紙で問い合わせ、この女性や関係者に合わせて欲しいと依頼した。しかしその返事は意外なものであった。「サラ」の話は、『魂の回復』の中で唯一、他の体験談を寄せ集めて構成したものだというのだ。これとよく似た実話を多数読んだり聞いたりしていたドッセイ医師は、自分の意図をドラマチックに伝えるため、それらしい話をもう一つ合成してもさして問題にはならないと考えたらしい。 こうして結局ブラックモアによると、彼女にとっても、そして臨死体験の研究者の全体にとっても、確たる証拠となるような盲目の臨死体験者の事例が見つかっていないのが現状だというのだ。

 ここでわたし自身が告白しなければならないのは、わたし自身もまたキュブラー・ロスの話等で、盲目の臨死体験者は何人かいるのだろうと、安易に信じていたということだ。ブラックモアが長年にわたって追究してきた結果、信頼に値する事例はまったくといってよいほどないという事実を知らされ、かなり驚いた。そしてブラックモアの一つ一つの事例を徹底的に追究する姿勢からは大いに学ぶところがあった。 したがって盲目の臨死体験者に関するかぎり、ブラックモアへの積極的な反論はできないというのが正直なところだ。

 だた、ここで一つだけ事例をあげておきたい。ムーディーが『光の彼方に』の中で取り上げている、ロング・アイランドに住むという七〇歳の女性の話だ。この女性は、一八歳のときに失明したにもかかわらず、心臓発作を起こして蘇生処置を受けていた間に周囲に起こっていた出来事を細々と描写することができたという。そのとき使われていた器具の形だけではなく、その色についても言い当てた。しかも、このとき用いられていた器具のほとんどは、本人の視力がまだあった五〇年以上前には、考え出されてすらいなかったものだったのだ。そのうえこの女性は、蘇生処置が始められたときに医師が着ていたシャツの青い色についても言い当てたという。198 もちろんこの女性は、生まれながらに目の見えない人ではないが、一八歳で失明する以前には存在しなかった器具の形状を言い当てたということで、生まれながらの場合に準じて考えてもよいのではないか。もちろんこの話もブラックモアのいう決定的な証拠にはならない。もし筆者が、アメリカに飛んで本人と関係医師に話の内容を確認することが出来たなら、証拠としての蓋然性はかなり高まるだろうが、実際はその余裕もない。他の研究者たちが同様の確認をしたという情報もない。ただし臨死体験の代表的な研究者が事実として報告していることが実は作り話だったというケースがそう多いとは思えないので、体外離脱の可能性について他の研究とあわせて総合的に判断するときの一つの材料として念頭におくことは必要だろう。

以下省略

00/10/22 追加

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