ニューエイジをめぐる対話(3)

前世療法をめぐって(1)


NOBORU
 「伝統宗教や組織にしばられず、かつ大衆的に広がる霊的・精神的な関心」としてのニューエイジ・ムーブメントは、現代の行き過ぎた科学主義や物質主義を打開していく可能性を秘めています。しかし、この運動がが大衆化すればするほど、それが間違った方向に進んでいないかどうか絶えずチェックする必要も大きくなります。
 それで、以下の四点から、この運動を批判的に考えてみようと、パラトラパ雅さんとの対話が始まりました。

1)内実を伴わない権威主義的な傾向に陥っていないか。
2)実証的に確認していくという姿勢を失っていないか。
3)すべてに対して開かれた在り方を失っていないか。
4)個としても集団としても自己肥大化するエゴイズムに陥っていないか。

 これまで1)の問題を話し合ってきたわけです。次に2)の「実証的な姿勢を失っていないか」という問題に入って行きます。 この問題に関しては「新世紀のメッセージ」でパラトラパさんが、前世療法を批判している部分があります。この話題から入っていきたいのですが、いかがでしょうか。

paratorapa
  はい、前世療法について述べる前に,まず超心理学の見地から「前世の記憶」がどのようにして検証されているのか,その手続きを詳しく記しておきたいと思います。 幸い,かつてある所から出版しようとしてお蔵入りしていた原稿がありますので,これをアップしておきます。長文につき,3分割します。


前世療法について(1)

「前世」を覚えている子どもたち

 人間の心は肉体の死後にも残るかもしれない。超心理学ではこれまでこの問題について「証拠」になりそうなデータを集めようとしてきた。 臨死体験の研究では、人間が死にそうになっているときに、ふだんとは違ったものや風景が見えるようになる、ということはわかっている。しかし、こうしたデータは「死後の世界」が存在する証拠ではなく、死にかけているときの脳が見せるただの「幻覚」だという意見を否定することができない。 本当に人は死んでも心や魂は残るのだろうか。この問題を解決するのはとても難しいのである。

  最近になって、その解決の糸口が見えてきた。それは、「前世の記憶」を覚えているという子どもたちにある。もし、私たちの心や魂がある肉体から別の肉体へと生まれ変わりを繰り返しているとしたら、今のあなたがその肉体を使って生活をしている時間が「現世」ということになる。そして、今よりも前の時代に暮らしていた誰かの肉体にあなたの魂が宿っていたら、その人の人生はあなたの「前世」になるだろう。さらに、あなたが今度生まれ変わって送る人生は「来世」になる。 昔から仏教やヒンドゥ教などの宗教では、人の魂が肉体から肉体へと生まれ変わりを続けることを「輪廻転生」と呼んできた。

 アメリカの精神医学者であるイアン・スティーブンソン博士は、過去30年以上にわたって、世界中を回って前世を記憶している子どもたちを対象に調査を行い、人間の心が生まれ変わる可能性について研究を行っている。 スティーブンソンは「前世」を覚えているという子ども自身やその家族に会って調査を行い、その子が「前世」ではどのような生活を送っていたのかについて証言を得ている。そこで、もし子どもが前世でどのような家族のもとで暮らしていたのかがつきとめられると、実際に「前世」の家族の所まで出かけていき、相手側の家族からも証言を得る。このとき、本人を一緒に連れていって「前世」の家族と対面させ、その様子などを観察する場合もある。

 こうして、両者から得た情報をつきあわせていって、証言内容の一致・不一致などを明らかにし、本人の記憶の正しさを確かめていくのだ。

殺人被害者の前世記憶

 ここで、前世の記憶をもっているという子どもたちの特徴について押さえておこう。 子どもが前世の経験について初めて話し始めるのは、だいたい2歳から5歳までの間である。その平均は3歳2カ月となっている。そして、大多数が5歳から8歳までの間に前世の話をしなくなる。

 子どもの中には、まるで大人の肉体からいきなり「心」だけが引き抜かれ、子どもの肉体の中に押し込められてしまったかのように振る舞う人もいる。子供たちの多くは、ちょうど昨日起こった出来事のように、前世の体験を語るのである。

 記憶の中心テーマは、前世での最後の日の近くで起こった出来事に集中している。スティーブンソンのデータによれば、集まったケースの75%の子どもが自分の死んだ時の様子を覚えている。その死にざまは、年をとって体が弱ってしまうことによる自然死よりも、事故や事件に巻き込まれて死んだという「横変死」の方が多くなっている。

  子供たちは、ふつう前世で関係のあった人物や前世の自分がもっていたもの、前世の自分や家族、友人の名前を覚えている。だから、彼らは前世の自分の知り合いや、なじみのある場所、愛用していた品物をすぐに見分けることができる。 それに、前世の自分が誰かに殺されたという子どもの場合、その殺人犯の名前さえも覚えていることが多い。

  ここでタイで見つかったケースについて紹介しておこう。

 ボンクチ・プロムシンは1962年2月12日に、タイのター・タコという町で11人きょうだいの10番目の子どもとして生まれた。 ボンクチの母によれば、彼は1歳4ヶ月のときに言葉を話し始めた。その後、1歳8ヶ月の時に彼は自分の「前世」について語り始めた。眠りから覚めると彼は「おうちに帰りたい…」といい、「ここはボクの家じゃない。」といつもしつこく言うようになったのである。

 ボンクチが2歳になった頃、彼は自分の「前世の母親と父親」のことについてしゃべるようになり、自分の「前世の名前」がチャムラットだったと言い出した。その後、彼は「前世の自分」がもっていた物についても語るようになり、ついには「前世の自分」が住んでいたファ・タノンという町の祭りの時に、2人の男によって殺された時の様子について語り始めた。

  ボンクチの両親は、彼が言うような人物も家族も知らなかった。父親はファ・タノンに知人がいたが、事件に巻き込まれて息子を失った家族のことは知らなかった。 ところがボンクチの語ったことが、たまたまファ・タノンに住むある家族の耳に入った。その家族は1954年4月8日に「チャムラット・プー・キオ」という名前の息子を殺人事件で失っていた。

 1964年の6月と9月の2度にわたって、チャムラットの両親がボンクチとその家族に会いに訪れた。そこで彼らはボンクチが語る「チャムラットの人生」がほとんどすべて正しいことを確認したのである。

 このエピソードは1965年3月9日と11日付けのタイの新聞で報じられた。これを受けてタイの3人の医師がこのケースの調査を行い、それをレポートにまとめたのである。 この医師の中の1人が情報提供者としてスティーブンソン博士に知らせ、博士は1966年から5回にわたってタイに飛んで現地調査を開始した。

 スティーブンソンはボンクチ本人とその家族、チャムラットの家族とそのガールフレンド、警察関係者、そしてプロムシン家の友人や隣人と次々に会って調査を行い、その事実関係について調べていった。 ボンクチの「前世」に関する一連の発言は34項目に及んだ。そのうち、証人によって事実と一致していることが確認できたのが29項目、確認できなかったのが4項目、そして間違いであることが判明したのが1項目だった。

 中でも殺人事件の様子に関する「記憶」はとても細かい事柄にまで及んでいた。

@ボンクチのいう「前世の自分」、つまりチャムラットはラオス系のタイ人で18歳のときに、祭りに行っていて殺された。
A彼は「バン」と「マー」という名の2人の男に殺された。
Bそのとき着ていた服装は白の半袖シャツにカーキ色のショートパンツ姿だった。
C殺人者は彼のネックレスと腕時計を奪った。
Dネックレスを奪うときに彼の首をナイフで切った。
E殺害現場は竹林の近くで、その後犯人は彼の死体を野原まで運んだ。

 事実、チャムラット殺人事件は「ナイ・マー」と「ナイ・バン」という2人のラオス人が実行したことがわかった。ナイ・マーが警察の尋問中にチャムラットを殺したことを自供しているのである。ナイ・マーはチャムラットの家の使用人だったが、殺人の2ヶ月前から雇われていなかった。殺人の5日前、チャムラットとナイ・マーはある女性をめぐって喧嘩をしている。

   殺人当日、ナイ・マーはチャムラットに祭りに一緒に行ってくれるように頼んでいる。そのとき、チャムラットの友人だったナイ・バンも一緒についていくといった。チャムラットは自分と同じラオス人がいっしょなら安心だと考え、祭りに出かけたのだ。こうして悲劇は起こった。

  スティーブンソンの調査で、これらの証言のほとんどが事実であることがわかった。幼かったボンクチが、なぜ、どのようにしてこれらの情報を手に入れたのだろうか?


前世療法について(2)

「生まれ変わり」研究に対する反論

 こうした「生まれ変わり」の研究に対して、多くの科学者たちは否定的な態度を示している。その理由は臨死体験のところでも述べたように、今の科学では脳の活動を離れて心や「魂」が存在するとは考えられないためである。 それでは、もし「生まれ変わり」の研究データを否定するとしたら、どのような考え方があるのだろうか。

1. 子どもや家族がうそをついている

 まず誰もが疑うのは、子どもとその家族がうそをついているのだという説である。つまり、子どもと現世の家族、さらには前世の家族が裏で話し合い、有名になりたいとか、お金もうけをしたいという理由で作り話を流したのではないかというわけだ。 でも、調査された事例のほとんどでは、「前世の記憶」をもっている子どもとして世間に有名になることは子どもや家族にとってむしろ迷惑なことだった。

  確かに生まれ変わりを思わせる子どものケースは、仏教などの「輪廻転生」の教えの影響が強い地域でたくさん見つかっている。しかし、いくら「輪廻」が当たり前だったとしても、それを利用してわざわざうそや作り話をして、それを世間に知らせても「お金と人気」が得られるわけではない。

 実際には、子どもが「前世」について話すのを親がいやがり、無理やりしゃべらないように厳しく言いつけたケースもある。それに、子どもも他の子どもたちからしばしば「前世の記憶」のことをからかわれたり、変な子どもだといじめられるようになったため、自分からすすんで話をしようとはしなくなる場合も多いのだ。

 このことから、子どもたちや家族が作り話を考えたという説明は、スティーブンソン博士の集めたケースすべてに当てはまるとはいえないのである。

2.忘れていた思い出がよみがえっただけだ

 自分の前世を覚えているという子どもは、ひょっとしたら前世の人物の家族と会ったり、また前世の人物に関する情報をテレビや新聞などのマスコミなどから見聞きしていたのかもしれない。ところが、それを1度忘れてしまい、後になってからそのときの「記憶」をひょっこり思い出して、まるで自分が前世の人物だったかのように「勘違い」して言い出すという可能性もある。

 ある情報を通常の手段で手に入れ、そのことを後に忘れるという現象は「潜在記憶」 といわれている。第1章で説明した「デジャ・ビュ現象」のメカニズムもその一種である。

 一番考えられやすいことは、「前世の」家族やその関係者と、その子どもの家族との間につきあいがあり、「前世の人物」が事件や事故で亡くなったという話をしているところを子どもが聞いていて、その後自分の空想の中で「前世の自分」を作り上げていく、という可能性である。 ところが、スティーブンソンが調べたケースでは、家族の間に交流があったり、家族の間に共通する知り合いがいたことが確かめられたのは、ほんのわずかだった。大部分のケースでは、「現世」と「前世」の家族を結ぶ情報ルートは見つかっていない。

 これに対し、潜在記憶説に反する事実はいくらでもある。

  @スティーブンソンが調査した地域の多くは、過去世の人物に関する情報を伝える新聞やラジオ、テレビなどのマスコミが存在しない。

  A前世を記憶している子どもの多くが3歳以下の年齢で発言を始めることを考えると、それ以前の年齢の子どもが大人たちの会話やマスコミからの情報を一、二回聞いたくらいで覚えられるとは考えにくい。

 B子供たちの中には「前世の人物」やその家族でなければ知らないような秘密の事柄に関する情報も「知っている」ケースが存在する。

 C子どもと「前世の人物」の食べ物の好みやクセが一致するという事実は、単に言葉を通じてえられた知識だけでは現れにくい。

 以上のことから潜在記憶説もこうした子どもの特徴を説明しきれないのである。

 それは「超能力」かもしれない そこで、今度は超心理学の観点に立って考えてみよう。まず、子どもは前世の人物に関する情報をテレパシーや透視といった超能力によって手に入れ、その情報をまとめあげて自分が「前世の人物」なのだと信じ込むほどに、なりきったという説が考えられる。

 こう考えると、遠く離れた地域に住んでいたり、家族同士に交流のなかった人物に関する情報も手に入れることが可能になる。  これが「ESP仮説」である。この仮説では「生まれ変わり」という考え方を持ち出さなくても、生きている人間の透視やテレパシーを通じて「前世の人物やその家族」に関する情報がもたらされたと考えてみることで、あてはまりそうなケースも出てくるだろう。  わたしたちは自分の家族や親しい友人、恋人の身に危険が迫っていたり、まさに相手が死んだちょうどその瞬間に「強い胸騒ぎ」、「いやな予感」を覚えたり、眠っているときには当の本人が「夢枕」に立つといった経験をすることがある。

 これが「虫の知らせ」と呼ばれる体験になる。こうした体験にはただの「偶然の一致」を越えて、その瞬間に体験者がひどく驚いたり、強いショックを受けた地、急に不安になったり、自分でもよく意味の分からない感情の動きを覚えることがよくある。

 超心理学の立場からみると、この種の体験にはテレパシーや予知といった超感覚的知覚(ESP)の要素が認められることがある。  そこで、「生まれ変わり」の記憶をもっているという子どもの場合にも、こうしたESPを使って「前世の人物」にまつわる心の状態や行動パターンを「読みとった」可能性があるのではというわけだ。 しかし、この説にも問題点がある。調査された子どもには、超能力をもっているという証拠がほとんど見あたらなかったのだ。

 それに、子どもがなぜ「前世の人物」と同じような特徴をもつようになるか、その理由もみあたらない。なぜ、子どもはその相手のことを知りたいと思ったのだろうか?

 というのも、ESPは情報の発信者と受信者の間に愛情や信頼など強い感情の結びつきがあるときに発生しやすいことがわかっているためである。「虫の知らせ」にしても、これが「赤の他人同士」で起こることはまずない。お互いに親しく、愛し合っており、切っても切れない仲になっているようなときに、ESPは発生しやすくなるのだ。  このことから、子どもがESPを使って赤の他人である「前世の人物」に関する情報を手に入れたという仮説は十分な説得力をもたなくなってきる。

 さて、ここまで突き詰めて考えると、他にどのような可能性が残っているだろうか? こうして最後に残るのが、肉体の死後にも心や魂が残るためではないかという仮説、つまり「死後存続説」になるわけである。


前世療法について(3)

憑依か生まれ変わりか  

 憑依とはある人のふだんの意識がとぎれてしまって、かわりに神仏、悪魔、人間の霊、動物霊といった「別の存在」がその人の肉体にのりうつったような状態になり、顔つきや声、感覚、行動が突然変化する現象をさしている。医学的にみれば、これはノイローゼや精神病などの心の病気ということになる。

 昔から日本では「狐つき」や「蛇つき」のように「動物霊」がとりつくという信仰があった。でも、こうした現象は本当に「霊」がとりついたというよりも、本人の勝手な思いこみがどんどんふくらんで、「自分とは違うもの」のように振る舞ってしまうようなケースがほとんどである。

 これに対し、超心理学では「憑依状態」になったとき、本人の言葉や行動を記録しておき、その内容が事実と一致するかどうかを問題にする。 もし、発言の内容がでたらめなものでなく、ふつうなら知ることのできないような事実をしゃべっていることがわかれば、ただの病気ではないといえるだろう。

 ここで、スティーブンソンとパスリッチャが行った研究を紹介しておこう。これは、インドのウッタラ・フダールという32歳の女性のケースである。彼女は普段大学で教師の仕事をしているのだが、ある日突然「シャラーダ」と名乗る別の人格が出てきたのである。 この新しい人格は少なくとも30回にわたって出てきて、短いときで1日、長いときで7週間にわたって出現し続けた。  ふだんの自分とは性格の全く違う自分になってしまうのは「多重人格障害」という心の病気だと見ることもできる。けれども、ウッタラ・フダールの場合は違っていた…。

 新しく現れた人格の特徴は、彼女がふだん使っている言葉(マラーティー語)がまったく話せなくなり、それに代わって習ったはずのないベンガル語を自由にしゃべるところにある。家族も誰も知らない言葉を話すものだから、「シャラーダ」が何をいっているのかさっぱりわからなかったのである。

 そこで、ベンガル語の通訳をつかって、「シヤラーダ」の発言を記録することになった。  「シヤラーダ」が出ているとき、彼女は19世紀に生まれ育ったベンガル地方の「女性」として振る舞った。「シャラーダ」は、自分の「人生」についていろいろなことを語り続けた。その内容は19世紀はじめのベンガル地方の村での状況とピタリー致していたのである。  彼女は自分が住んでいる土地の人々にはまったく知られていないベンガル族の食べ物のことを知っていた。さらに、ベンガル地方の小さな町や村の名前にも通じており、その地方の地理にはとても詳しかったのである。

 シャラーダは、自分の家族のことをその名前を含めて詳しく語った。事実、彼女が主張する家族は証言通りに見つかった。  裏付け調査によれば、その家の主人は19世紀以降の家系図をもっていた。その家系図にはシャラーダが語った男性6人の名前が正確に書かれていたのである。けれども、家系図には男性の名前しかのっていなかったため、シャラーダという女性が存在したという証拠までは見つからなかった。  彼女の使った言葉は上手なベンガル語であることが確認された。面白いことに、その言葉は現在使われているベンガル語ではなく、かなり古い時代のものだったのだ。

 このようなケースは、狐が取りついたというような心の病気としての「憑依現象」や「多重人格障害」とは区別してとらえる必要がある。なぜなら、「シャラーダ」の発言には事実であることが確認できた内容がたくさん含まれており、しかも本人が習ったことのない言葉を完ペきに使いこなしているためである。このように、習ったこともない言葉をスラスラしゃべるようになる現象のことを、超心理学では「真性異言」と呼んでいる。 スティーブンソンらは、このケースを「前世の記憶を持つ子ども」の場合とは区別して考えている。  というのも、典型的な「生まれ変わり」事例の場合、子どもの発言が2〜3歳くらいから始まるのに対し、ウッタラ・フダールの場合は32歳と、かなり遅いことがあげられるためである。

 それに、「生まれ変わり」事例の場合は、子どもがふだんの自然な意識のときに発言をするのだが、このケースは「シャラーダ」という名前の「別人」になったときにだけ発言が行われていることも理由の1つになるだろう。 このため、ウッタラ・フダールという女性に150年前に生きていたシャラーダの人格が「とりついた」可能性を考えることもできるだろう。

 もう1つの可能性は ウッタラ・フダールという女性が自分でも気づかないうちに「自分が生まれる前の人生」について語ったのかもしれない。ふつうの「生まれ変わり」事例では本人が「前世の自分」とつながった意識で発言をするのだが、フダールの場合はそれを「自分」だとは認めることなく無意識の底に眠らせてきたのかもしれない。

 いずれにしても、このケースではその両方の可能性が残るわけだ。

 繰り返すが、フダールの言っていることがもしでたらめで、はっきりしないことだけをしやべるようなケースだったら、これは超常現象とはいえない。そのようなときには、何らかの心の病気の可能性を疑った方がよいだろう。

生まれ変わりの目印

 人の心や魂が生まれ変わるかもしれない、という可能性は、特に習ったはずがない特殊な言葉や能力を見せる子どものケースや、生まれつき体にアザがあったり、体に欠陥や障害をもっている子どものケースで有力になってくる。

 スティーブンソンは子どもの記憶と一致する人が亡くなったときの状態を医者が記録した結果など、傷跡や身体の特徴に関するカルテも入手できたケースももっている。  ジリアン・ポロックとジェニファー・ポロックは、1958年10月4日、イギリス北部のノーサンバーランド州へクサムに双子として生まれた。ふたりは、二歳から四歳までの間に、ジョアンナとジャクリーンというふたりの姉の生涯を記憶していると見られる発言を行っている。

 1957年5月5日、ジョアンナとジャクリーンは歩道に乗り上げてきた自動車にはねられ死んでしまった。その時ジョアンナは1歳、ジャクリーンは6歳だった。 この交通事故のため、両親は、悲しみのあまり我を失うほどにショックを受けてしまった。しかし父親のポロック氏は、生まれ変わりを強く信じていたことから、妻が1958年のはじめに妊娠した時、死んだふたりの娘が双子として生まれてくるはずだ、と自信を持って言い切った。病院では「そんなことはありません。」と否定されたにもかかわらず、妻は双子を生むはずだと言い続けたのだ。 そして本当に双子が生まれたため、軽はずみとも思えたポロック氏の予言は、少なくとも双子が生まれるという点については正しかった。

 ポロック氏の確信は、まもなくさらに裏付けられることになった。死んだジャクリーンの体にあった2つの傷跡と大きさも場所も一致するあざが、妹のジニェファーの体にあることに夫妻が気づいたからだ。ジェニファーの眉間にあるあざは、ジャクリーンが昔ころんでつけた傷と一致していたし、ジェニファーの左腹部にある茶色のあざは、ジャクリーンにあった同様のあざと一致していたのだ。              

 ジェニファーの体にみられたあざは、それが「生まれつきの原因」でできたとするなら、ジリアンにもあって当然である。双子には、もともと1個の受精卵だったものが2個に分かれた一卵性双生児と、最初から別々の受精卵から発生する二卵性双生児とがある。ジェニファーとジリアンは一卵性双生児だった。だから、2人の遺伝子は全く同じものになる。遺伝子が同じだと、肉体的には同じ特徴を持った人間として育つはずである。 しかし、実際にはジリアンの方にはあざが全くみられなかった。となると、ジェニファーのあざは母親が妊娠しているときに起こった「何らかの異常」によってできたことになる。しかも、死んだジャクリーンの身体にあった傷跡と大きさや位置が一致する場所にあざがあったわけだから、この「異常」というのはたまたま偶然に発生したものとは考えにくいのではないだろうか?

 このように、スティーブンソン博士は「生まれ変わり」の可能性を認めなければ、こうした子どもたちのもっている特徴をうまく説明できないと考えるようになったのである。


01/11/23 追加

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