全米日系人大会(ニューヨーク市・2001・7月)



COPANI・2001・ニューヨーク市

2年毎に行われる全米日系人大会(COPANI)は最近は北米(メキシコ・米国・カナダ)と南米の交互で開催されていますが、前回は一番南のチリ・サンティアゴ、そして今回第11回は北米ニューヨーク市で開催されました。(奇数回は北米、偶数回は南米:第三回のサンパウロ大会を除き)

世界の首都とも呼ばれているニューヨーク市、米国そして世界の経済の中心地でもあります。今回はイグアス移住地からの4名を含めてパラグアイからは18名が参加しました。地元の米国そしてカナダは勿論、中南米からも多くの日系人が参加しました。特に目立ったのは前回開催地のチリで30人近い人が参加していました。ブラジルはゴルフとコーラスに参加された方が多かったように思います。

会場は市の中心マンハッタン島の中心部に位置するルーズベルトホテル、1924年オープンの老舗ホテルで名前はテオドル・ルーズベルト大統領に由来しており、ビジネス街の中央に位置し、摩天楼の中に建っています。部屋数は何と1,024室、ビックなホテルです。

(写真):会場となったルーズベルトホテル


大会・一日目(7月25日・水)

この日は行事は無く、登録と夕方からのクルーズ。ニューヨーク市はハドソン河の河口に位置しており、河側から見たマンハッタンの景色は有名ですね。午後7時にウエストサイドにある乗り場から出発しました。

(写真):クルーズ

(写真):船の中の様子

船はハドソン河から河口に向かい、そして自由の女神像の近くを通過しました。

(写真):自由の女神像

夏時間を採用している米国ではこの頃ようやく夜になり、すばらしい夜景を目にする事が出来るようになりました。船はマンハッタン島の東側に入りテレビなどでよく見る「ニューヨークの夜景」を堪能しました。夕食は「米国を代表する料理」ということでサンドイッチとコカコーラが用意されました。

(写真):すばらしい・ニューヨークの夜景

一般の公式行事はありませんでしたが、各国代表者による会議が開催されました。現在の会長はカルロス春日さん(メキシコ)、20年前にこの会を立ち上げた方ですが、新旧交代の必要性を訴え、新会長にアルゼンチンの小坂さんが選出されました。この代表者会議は各国から数名が出席して行われるのですが、それぞれ自分の言語で話をされます。米国・カナダの方は英語、ブラジルはポルトガル語、その他の中南米はスペイン語、そして日本語も混じり、4ヶ国語が飛び交う会議となりました。書記を務めているお嬢さんはハーバード大学の博士課程で勉強されている方でこの4ヶ国語を全て理解して速記されていました。大したものですね。一応スペイン語と英語の通訳は付いては居たのですが、通訳無しで進む事も多く、議論が噛み合わない事もしばしばです。地球が小さくなり今後このような会議が多くなって来るのでしょうね。

(写真):代表者会議


大会・二日目(7月26日・木)

朝から開会セレモニーが開催された。大会委員長はフランシス・蘇木氏、講演は米国を代表する日系人であるダニエル・井上氏が行った。

(写真):開会セレモニー:挨拶を行う蘇木委員長

フランシス・ソギ
ソギ氏は、1952年以来東京とニューヨークにおいて、弁護士として活躍してきた。氏は、合衆国軍隊において諜報官、対諜報対策官としての経験の持ち主でもある。氏は、ケリー・ダイヤー・アンド・ウオーレン法律事務所の生涯パートナーである他、ポカンティコ・ヒルズ学区の評議員・評議員長をはじめ、ニューヨーク日系人委員会の会長、全米日系人記念財団会員、ハワイ州日本文化センター理事、ハワイ大学人文・自然科学部相談委員等を歴任。その他、多くの一般企業の理事も勤めている。氏はまた、退役軍人局長により指名されたマイノリティ退役軍人相談委員を勤めたこともある。ソギ氏の このような豊富な経験、指導力と広い視野は、全米日系博物館の国際プロジェクトに大きく貢献することは間違いない。

イノウエ(ダニエル) Daniel K. INOUYE 米上院議員(日系・民主党)
1924年9月7日ホノルル生まれ。ハワイ大在学中に第2次大戦の2世部隊に参加、イタリア戦線で右腕をなくした。50年同大卒。54年ハワイ自治領時代の議員に当選。59年7月ハワイ州選出下院議員。63年同上院議員。87年イラン・ニカラグア秘密工作事件の上院調査特別委委員長。

この日の食事は昼・夜共にホテル。

(写真):ホテルでの食事

今回の大会で目立ったのはパソコンやヴィデオを駆使したヴィジュアルなプレゼンテーション、ペルーの馬場氏はビデオを用いて藤森政権を振り返っていました。

(写真):パソコンを用いてのプレゼンテーション

午後3時からは各部会に分かれました。ビジネス部会の座長は現在ワシントンに在住されているパラグアイの笠松信吾氏が努めました、

(写真):ビジネス部会・笠松信吾氏他

夜は高山氏の司会で晩餐会が催されました。ただ全て英語で多くの参加者が理解出来なかったように思います。

(写真):高山氏

前回のチリ大会でも参加されたペルーの合唱団が登場し、喝采を受けていました。

(写真):ペルーの合唱団


大会・三日目(7月27日・金)

この日もそれぞれ部会に分かれての活動となりました。ビジネス部会では74年からブラジルで鉱山動力 大臣を勤めたシゲアキ・ウエキ氏がメルコスールに関して講演を行った。

(写真):右側がウエキ氏

夜は在ニューヨーク・日本総領事館主催で国際連合にて夕食会が開催されました。国際連合がある事によりニューヨーク市は世界の首都とも呼ばれていますが、実際に行ってみますと他の建物と比較して特に大きな建物というわけでも無く、街の中にさりげなく建っていました。

(写真):国際連合

(写真):武器、拳銃、暴力の廃絶を訴えるモニュメント

(写真):総領事ご夫妻と挨拶を交わす訪問メンバー

(写真):総領事と挨拶を交わす奈良会長

(写真):寿司が振舞われた


大会・四日目(7月28日・土)

最終日は午前中総括と夜にはサヨナラ・パーティーが開催されました。各部会の総括の後、ペルーの合唱団のコーラスが再び披露されました。

(写真):ペルーの合唱団

夜はいよいよ最後のサヨナラ・パーティー、各国代表による記念品の交換等が行われました。次回の開催はボリビア・サンタクルス市と決まり、2年後の再会を約束して閉会となりました。

(写真):ブラジルの合唱団

(写真):パラグアイ代表から記念品を受け取る蘇木大会委員長

(写真):次回開催はボリビア・サンタクルス市



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