全米日系人大会(サンティアゴ・99・7月)



COPANI・99・サンティアゴ

南北全米日系人が一同に会するこの大会も回を重ねて第10回を迎えました。今回は初めてチリで行われましたが、チリの日系人移住は他の南米の国と大きく異なり、組織移住が行われなかったことが特色として挙げらます。チリの日本人・日系人は全体で約2千人と規模はごく小さく、また現地の方との混血が多くなっているそうです。祖父もしくは祖母が日本人というような要するに日本人が「1/4」という人は外見では全くごく普通のチリ人と見分けが付かない程です。これは当初の移民の多くが独身者であった為であると言われています。

今回の参加国は、地元チリ、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ペルー、ボリビア、コロンビア、米国、メキシコ、カナダでした。加盟国の内、ウルグアイとドミニカ共和国からは参加者がありませんでした。ドミニカ共和国は参加はしていますが、毎回ほとんど参加者はありません。大会には500人近い人がノミネートした。今回からはハワイ日系人も参加していました。

今回の開会式では4ヶ国語の同時通訳が行われたが分科会としてワークショップが行われた際にはそれぞれの参加者自身が通訳に当たっていました。

(写真:開会セレモニー)

大会はまず開会セレモニーが開催されて、その後チリに関して現役閣僚による講演が行われました。





(写真:開会式の後で楽しいダンスが披露された。)

硬い話を聞いた後で、楽しいダンスが披露された。民族舞踊の他、写真のようなダンスも紹介されて出席者の喝采を浴びていた。

その後、テーマ別に幾つかのワークショップに分かれた議論が交わされた。福祉、援助、教育、企業などのテーマが取り扱われた。面白いのは何となく言語別にワークショップに集まるという事です。福祉関係のワークショップには主に英語圏(米国、カナダ)の方が集まり、協力関係のワークショップには日本語の人、企業家のワークショップには主にスペイン語の人が集まっていました。英語圏の日系人と南米の日系人、どうも頭の中はかなり違いがあるように思います。

なお、参加者は首から自分の名前と国名・国旗が入ったプレートを下げる事になっています。これを見て何語で話をするのか決める訳です。作者は全部下手ですが一応、英語、ポルトガル語も話しますのでプレートの国旗を見て判断します。しかしながら中には作者のような日本人も居ますので「日本語」というケースもあります。







(写真:福祉のワークショップの様子)

ワークショップの他には同時にゴルフ大会も開催され、ワークショップには参加しないで、ゴルフだけに参加するという事も可能なのです。こちらのB組では在チリ日本大使である成田大使が優勝を飾りました。

今回の大会では日本大使館、JETRO、国際協力事業団など日本の政府関係機関の全面的なバック・アップがあり、この大会を支援されていました。

(写真:企業家ワークショップの集合写真)





今回、チリのスタッフの人達は非常によく考えたスケジュールを立てられて、特に食事では、バリエーションあるレストランを用意していました。

(写真:初日・昼食はテレビ・スタジオを模したレストランを使用)

今回、最大の成功は何と言っても土曜日の夜に行われたパーティーでしょう。フォーマルな最後の夜も格調があり良かったのですが、この日は「楽しむ」という事がテーマのパーティーでした。





料理は超特大の鍋に用意されたパエージャ、500人分ですから規模が違います。

(写真:大きな鍋で特大のパエージャ)

このパーティーのすばらしかった点は、今までのパーティーですとほとんどの場合、知り合い、少なくもと自国の人とばかり一緒に居るというケースが多いのですが、今回は参加者全員を混ぜてしまい4つの色に分けて(赤、緑、黄、青)その4つの色のチームに分かれての対抗戦が行われました。まずはカラオケで各チームから代表が出て熱演し、上手い下手では無くいかに楽しく燃えているか?を競う協議でした。緑組からはパラグアイの笠松信吾さんが熱唱されました。

(写真:熱唱、パラグアイ・笠松信吾さん)

色々なゲームが行われましたが、一番関心を持たれたのが、COPANI・クイズというゲームでした。代表者が出てクイズに答えるというゲームなのですが、それぞれのチームにはCOPANIの産みの親であるメキシコのカルロス春日さん、ペルーのルイス迫田会長など、主要メンバーが一人づつは入っており、真剣そのものでした。

(写真:クイズで競争、カルロス春日さん、ルイス迫田さん他)

開催地であるチリのスタッフも負けてはいません、ハタ大会委員長、鈴木副委員長、広瀬さんなど主要メンバーによるライン・ダンス?が披露されました。

(写真:チリ大会スタッフによるライン・ダンス)

(写真:参加者は各国交じり合い)

とにかく楽しむのが上手なラテン人、日本の宴会とは全く違う乗りです。日本では中年・熟年のおじさん達がここまではめをはずして騒ぐという事は無いでしょう。楽しむ時はとことん楽しむという愉快なラテン人に北米から来た人達は圧倒され、そして巻き込まれていました。

大会の最後には各国の代表がハタ大会委員長から参加記念の盾を受け取りました。



(写真:奈良会長とハタ大会組織委員長)

次回の開催はニューヨーク市(米国)と決まりました。2年後の2、001です。この大会は米州に居住する日本人・日系人であれば誰でも参加する事が可能です。作者も出来るならば参加したいと考えております。これをご覧になっている皆さんで関心をお持ちの方は2,001年の7月にニューヨークに行く予定を立てて下さい。次回開催地の挨拶として蘇木さんは「皆さんのお知り合い・友人をそれぞれ2人づつ連れて来て下さい」と呼び掛けていました。

今後もこの大会が盛大になり、各国の日系人の親睦が深まる事を祈っております。次回米国ではどんな嗜好が飛び出すか今から楽しみです。



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