クンちゃんのエディタールーム
《別室》

エディター:クンちゃん(文芸社元社員)
取扱案件:出版費用著者負担エディションよろず相談

「クンちゃんのエディタールーム本室」はこちらからどうぞ

自費出版を計画中の方は、ぜひとも、本室ブログをご併読ください

この《別室》は、本室のブログ記事を抜粋したものです




はじめに


本屋に並ぶ「私家版」その光と影
(其の壱)



本屋に並ぶ「私家版」その光と影
(其の弐)



本屋に並ぶ「私家版」その光と影
(其の参)



本屋に並ぶ「私家版」その光と影
(其の四)



本屋に並ぶ「私家版」その光と影
(其の五)



コメント欄へのお答え
(文芸社の流通事情など)



売れなかった写真集

文芸社削除要求記事(1)
(1〜5)



文芸社削除要求記事(2)
(6〜10)



文芸社削除要求記事(3)
(11〜15)



クンちゃんの
名誉毀損講座




以下続く


文芸社削除要求の記事は
以下の姉妹サイトでも保管中


一号館 二号館 三号館
四号館 五号館



1.はじめに

この度、「クンちゃんのよろず相談室」を開設いたしました。

書店配本付き自費出版について、実際の経験をふまえて、思うところを書いていくこととします。



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2.本屋に並ぶ「私家版」その光と影(其の壱)

自分の本を出したい、という気持ちを持つ人は多い。

それを反映してか、普通の出版社(便宜上、このブログでは「商業出版社」ということがあります)からは出せない、出ない、という著作を、著者がお金を出して特別な出版社、または商業出版社の特別な部署から刊行する例は今では珍しくない。これらの出版を指して、「協力出版」「共同出版」「全国出版「太鼓持ち出版」など、いろいろの呼び名が付けられているが、要するに「刊行された本が書店に並ぶ自費出版」と、ひとくくりで言うことができるタイプだ。

「書店に並ばない自費出版」というのは私家版と呼ばれ、かなり古くからある。というより、出版のもともとの形がこれであったともいえるのだ。創作的な著作、特に俳句・短歌・詩など韻文系は圧倒的にここから出発していった。また、韻文や小説系では「同人誌」という形が、本を出したい無名の書き手たちの希望をかなえる主たる手段であった時代も長い。

ところで、この「書店に並ぶはずもない本たち」が、わずかでも一般書店に並ぶような格好を整えたところに近代文藝社の新味があり、同様の新風舎が壮大な「砂上の楼閣」を築いた縁由がある。 私は取材・執筆、書籍の編集・校閲なんていう出版関連業界に40年もいて、ほそぼそとメシを喰わせてもらってきたのだが、おそらく30年も前なら、私家版を書店に置いてもらうには、著者が自分で本の包みを抱えて、あっちこっちの本屋を歩き回って頼み込むしかなかったという記憶だ。これは大変な労力、精神力で、おそらくふつーの人なら30軒も回ればギブアップだったはず。

つまり、本を出すという第一段階もなかなか大変だったが、本を出せば出したで、今度は本屋に置いてもらいたくなるという第二段階の希望が出てきて、それをかなえるのはさらに困難だというのが現実の姿だった。だから新風舎では、一般書店に並ぶという約束が守られるのか守られないのかは別として、少なくとも自前の書店(のようなもの。熱風書房とか称した)には自分が書いた本が置いてあるのを、著者が自分の目で見られるという仕掛けにした。これは著者側には大きな魅力であり、出版社側には最大のセールスポイントになった。

これをさらに発展させたのは、文芸社の「300書店に必ず置きますよ」というパターンである。

限られた店舗スペースしか持てない書店は、売れる本だけ置きたいというのが人情であり、売れそうもない本など置きたくない。あたりまえの話だ。そこに、聞いたこともない新参者の出版社が来て、ウチの本を毎月置いてくれ、と口説くわけである。一口に言って全国3万店もある書店のうち、300店というのは少ないという印象があるかもしれない。だが、300書店に置くといっても300書店だけを特別の契約下に置けばよいわけではなく、少なくとも1000、2000の特約書店を作らなければ、300書店に毎月決まって配本することなどできない相談である。

その気の遠くなるような交渉を貫徹したのが、瓜谷社長と、のち販売担当取締役になった新内氏(現「草思社」社長)のお二方。全国を回って一軒一軒直談判で説得したというのだから、この点だけは、仮にほかが全部だめでも賞賛に値すると思っているが、いかがであろうか。

問題は、この伝説というのか、神話というのか、全国行脚がホントかウソかだが、私がだいぶ前に瓜谷社長に直接聞いた際の感触では、うーん、やっぱりホントなんだな、と感じた次第である。まさに「創始者」といえそう。

なお、これは後日譚だが、このときの長期にわたる難行苦行によって、お二方の体型も現在程度におさまっているのだという専らの評判。さもありなんの印象が深い。



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3.本屋に並ぶ「私家版」その光と影(其の弐)

本来なら私家版にとどまっている、あるいは多少語弊があるが、私家版にとどまっているべき著作が、著者側が出版に要する費用を負担する、つまり金銭を支払うことによって書店に堂々と並ぶようになった。それは今ではあたりまえのような感じさえ抱かせる。

おれもニンジンを喰い始めた時には、それはもう家中からびっくりされたもんだが、今じゃ、なんということもないのだ。

まだ書店陳列が目新しい時期には、「自分の本が書店に並ぶ」ということが、驚くような吸引力を発揮した。「書店に並びさえすれば、自分の本が売れる、なんせ内容は抜群だからな」という新たな錯覚を抱いた人は数多い。なにしろ、新風舎、文芸社の2社だけで年間あわせて2500点もの刊行物を世に出していた時期があるのも、その証左であろう。

その中にはビックリするような、これはあまり直截に表現するのが憚られるが、編集者が度肝を抜かれる、というか、腰を抜かすというか、到底本にならないようなものが、本の装いを施され、世に出て行った。版元側が、なんでもかんでも契約してしまおう、契約してしまったからには刊行せざるを得ない、という悪い循環に陥っていたといえそうだ。

その結果、廃棄される「書籍のようなもの」がどれだけの量にのぼったのか、恐ろしくて勘定する気になれない。エコもへちまもあったもんじゃないわな。

それから、今つくづく思うのは、国立国会図書館法の定めによって国会図書館に献本されてくる「書籍のようなもの」の処理に同館はどんなに辟易したことだろう。たぶん、法の定めとて、こっそり廃棄してしまうわけにもいかず……どうしたのだろうか。

ところが、碧天舎、新風舎の倒産によって、我も我もと作家熱にうかされていた人びとに、冷水が浴びせられた。

出版費用をすでに支払ったものの、ついに「書籍のようなもの」を手にできなかった人びとは数え切れない。クンちゃんは両社ともに、倒産後の債権者集会に出る機会があったが、発言する著者以外の、むしろ黙っている人びとから発散される、すさまじいまでの憤りと怨嗟の「気」に、レトリックではなく鳥肌がたった。

この段階で、加熱した素人著者による出版ブームは一段落したとみられる。碧天舎、新風舎が消滅したのちに、生き残った文芸社の刊行点数は思ったより伸びなかったし、逆に減少に転じたからだ。したがって、両社倒産前後に刊行した、あるいは刊行しようとした人びとの大部分は、己の愚かさを思い知って、2度と太鼓持ち出版の誘いには乗らない。この手の出版をしたいという需要は確実に減ったといえる。

もちろん、一部の懲りない人びとは存在するし、本を出したいという人びとはどんどん入れ替わっていく。典型的な例としては、戦記ものは10年前は、ジャンル別にみて間違いなく7、8位以内にあったが、現在は稀である。戦記を自分の体験として書く人びとはほぼ亡くなってしまったからだ。だから、何か書いている、書こうとしている人の中には、今でも自分の本が本屋に並べば売れる、売れるんじゃないか、売れなければならない、などと思っている人がいないとはいえないが、費用著者持ち出版の実態を知る人は多数派となってきた。

これらの情勢を総合的に勘案して、費用著者持ち出版を扱う版元は、大きく方針を転換すべきだが、実際には空恐ろしいほどの売れ行きを示した血液型がどうのこうのという素人本(これは、「書籍のようなもの」の典型である)が飛び出すなど、経営者にとっては見果てぬ夢を捨てきれぬ要素が存在することもまた事実である。

さらに、雇用確保の問題もあって業容の縮小になかなか踏み切れず、現状を維持していくとなれば、どうしても出版契約を延々と取り続けていく必要に迫られる。しかし、著者側だってそこはそれ、そうそう簡単に乗ってはこないご時世である。車一台買えるお金がかかるからだ。

そうなれば、行きつくところはただひとつ。簡単には手の届かないノルマが設定される。これは或る意味当然だが、契約を取る部署の担当者はノルマ達成に向けて熾烈な上司からの圧力にさらされることになる。この点は、のちに予告記事の「ノルマ達成には、契約書も偽造してしまうほどのプレッシャー」で述べる。



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4.本屋に並ぶ「私家版」その光と影(其の参)

私が以前いた版元「文芸社」での仕事というのは、本をつくる編集部門、著者との出版契約を結ぶ契約部門その他に寄せられるさまざまなクレームで、担当セクションでは処理不能となったものを処理すること。これがひとつの大きな柱であった。

また、会社内部の労務問題から各種ハラスメント、不祥事、男女問題、果ては個人の抱える私的な問題の相談まで、ありとあらゆる難問が最終的に吹き寄せられてくるまったくお気の毒な部署だった。

例えるなら、ペットボトル、空き缶・空き瓶、海藻、古材、訳のわからぬ漂流物、古着から犬猫の死骸まで、ありとあらゆる塵芥が最後に打ち寄せられて、打ち上げられる寒村の浜辺といった趣であった。

おまけに、主として素人の著作を相手にする会社だから、契約前の応募原稿、契約後の仕掛かり原稿、さらには既にゲラ(校正刷り)になったものも含め、その内容について必要に応じて「名誉毀損」「プライバシー」「著作権をはじめとする知的所有権等の権利関係」といった見地から吟味検討を加える仕事もあった。

そのうえ、ひとつの案件が相当に込み入った内容であって、編集途次において担当編集者との綿密な打合せが必要と見込まれる場合、またその案件を刊行することによって損害賠償請求訴訟等が提起されかねないというような厄介な事情がある場合は、「もう面倒なんで、こっちでつくるわ」という格好で編集・制作までしょいこんでしまう有様。このような、言っちゃあ悪いが、取扱いに困惑するようなものばかりを相手に、年柄年中追い回されているような塩梅だった。したがって、太る暇などなかったわけだ。

このような経緯であるだけに、いま、出版費用著者持ちエディションの「光と影」について語ることができるのは私以外にいない、かどうかわからない(笑)が、まあ、そんな意気込みで書いておりますデス。

ところで、刊行済みの著者から寄せられるクレームのうち、最も多いのは「私の本が売れないのはおかしい、販売促進策をなんにもやってないんじゃないか」という具合の不満である。

しかし、売れないのはおかしくもなんともない。まったく当然の帰結である。

もうだいぶ前から、名のある書き手の本が売れなくて、印税生活が不安定になっている時世なのである。小説など創作ものでは、シロウトの著者がいくら最高の自信作、ヒット間違いなしと思い込んでいるとしても、売れないほうが当たり前で、売れたら不思議なのである。シロウトの書いた「小説のようなもの」をお金を出してまで買いたい、読みたい、と思う人がいったいどこにいるだろうか。私なら、定価分のお金をくっつけて贈呈されたとしても、お断りしたいほどである(が、そんな言葉は呑み込んでおかなければならない)。

だが、著者は決してそうは考えない。あくまでも「売れないはずがない」「売れるように対策を取らないから売れないだけだ」と強硬に言いつのる。こちらは、契約上、お約束した販売促進のための手立てはすべて履行しておりますでごぜえますだ、と繰り返すが、相手はもはや聞く耳を持たない。

こうなると、次の段階に移行する。

「こんなに売れないのに、おたくの契約担当者は間違いなく売れると言った」
「売れると言ったから契約したんだ」
「初めから売れないと言ってくれれば、契約をしなかった」
「やがて優雅な印税生活を送れるんだから、当初の出版費用なんか安いもんだ、と言われた。いったい、どうしてくれるんだ、このローン支払いを」
「自分でお金を出して出版するつもりなどさらさらなかったのに、騙された」

要するに大変な思いをして工面した支払い済み出版費用(の全部または一部)を返してくれ、ローン支払いを免除してくれ、という結論になる。

というより、その結論をいきなり言うのもちょっとなあ、ということで、こんなやりとりが際限なく続くのである。

弁護士を立ててくる人もいるが、この場合は話が早い。錯誤等を理由として、契約の無効・取り消しまたは解除を主張してくるのである。



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5.本屋に並ぶ「私家版」その光と影(其の四)

前回は、著者からのクレームの皮をむいていくと、表面的には実にいろいろなことをおっしゃるが、何枚も何枚もむいていくと、やがてあらわれてくるのは、支払ったお金の返還、ローンの免除であることが多い、と書いた。

そして、そのクレームの元になった事実関係を詰めていくと、契約担当者が、ああ言った、こう言った、「素晴らしい作品だ、素晴らしい作品だ」と褒め倒された、「必ず売れる」と騙された、「宝くじは買わなければ百パーセントあたらない。とにかく本を出しておけば売れる機会は皆無ではない」と口車に乗せられた…etcということになる。

そこで、契約担当者がいったい何を言ったのか、どんなセールストークをしたのか、ということが問題になる。

ところで、版元の契約担当者というのは、ふつうの商業出版社には存在する必要がまったくない人種(職種)だが、費用を著者が持つ出版ではメインプレーヤーである。あたりもやわらかく、さわやかな笑顔で、セールストークは群を抜いている。女性の担当者はおしなべて会社の受付に置いておきたいような人が多く、おっちゃんやじいちゃんなんかはイチコロだな、という印象である。私のところへはすべての部署から毎日毎日、いろんな人がやって来たが、契約担当者たちの語り口は他部署の追随を許さないもので、舌を巻いたものである。

この人たちは、出版の契約を取る仕事をする前は、何かモノを売っていたという経歴の人が多い。とにかく、総じて人の気をそらさぬタイプで、「人をその気にさせる」口のきき方ができる人揃いだ。その中には、のちに述べることになるが、著者から多額の金銭をだまし取っていた詐欺師というしかない人物も実際あらわれているのである(余談・この人は問題発覚後、三陸の海辺の町に戻って償いの送金を続けていた。仙台からだいぶ北の、海に突き出た岬の突端にある、この人の実家を私は各種協議のため訪れたことがある。その地はこの度の大震災で壊滅したと報じられている。思わず天を仰いだ次第)。

つまり、よく言えば版元の契約担当者たちというのは、“セールスの達人、鉄人”なのである、よく言えばだよ!

そのうえ、著者に合わせて、生まれ故郷はほとんど全国の都道府県にわたっていたり、大学なんかでも六つも七つも卒業しているといった人さえいる。闘病記を書いてきた著者と同じ難病に苦しむ家族・親族がいて、“苦しみを分かち合う”契約担当者も少なくないというのだから、あいた口がふさがらない。

このような担当者がかなりいる(当然ながら、まともな人間もおりますデスよ)ことを私は知っているから、契約担当者の抗弁よりも著者のクレームのほうがホントなのかもしれんな、と思わざるを得ないケースも出てくる。

「オレの原稿が本つくりのプロにどんな評価を受けるのか、ちょっこし聞いてみたいと思って連絡したら、あれよあれよという間に、ローンを組まされ、本を出すことになってしまったんや」という訴えを聞き、担当者の名前を聞くと、うーん、さもありなん、と思えることもあった(もっと困るのは、すでに本を出してしまったという場合)。

そこで、契約担当者を呼んで何を言ったか聴き取るわけだが、これがまた、立て板に水の抗弁が速射砲のごとく飛び出してくる。

曰く、「絶対にそんなことは言ってない」「そんなことをもし言ったとしたら、そりゃあ詐欺ですよ」「舞い上がった結果、墜落した著者の言うことを真に受けてんですか?」。もはや時間の無駄というものだ。

著者側で念のため商談を録音しておいた、という例は今のところ皆無だが、私はむしろ版元側で録音・録画しておくという方法もトラブル防止には寄与するなと感じている。ただし、近年、捜査の可視化がかなり現実味を帯びてきているものの、自費出版の契約話まで録画をもしとかんとあかん、ということになると由々しき信用問題ではある。

さて、きちんと契約書が調印されていて、大切な事項もきちんと説明されているとなると、著者側の主張根拠が証明づけられない限り、支払い金が返還されることはない。版元も営利を目的としている以上、クレームが出たといって、いちいちお金を返すわけにもいかない。

最近の例では、だいぶ前に刊行した著者が、本も出て広告や書店陳列などもすべて完了した段階で、「契約途中で解約するから相応の金額を返してほしい」「この本は印刷屋で作ったとすればいくらいくらくらいで出来る、したがって差額の七十何万円かを返せ」という本人訴訟を熱海簡裁に出した。

もし、このような請求が頻発してきて、裁判をやるのが面倒だからといっていちいち返還に応じていたら、企業は成り立たない。

しかし、社外の弁護士に依頼して訴訟代理人を立てれば、著者からの請求金額よりも高くつくのは明らかである。そんな事情もあって、私クンちゃんが熱海まで何度も出向いて訴訟を追行し、「請求に理由なし」の勝訴判決をもらった(著者はかなりの執着ぶりで、現在、静岡地裁で控訴審中)。このように、著者が裁判で争ってきても、支払えない、返還できない、という場合が多い。ただし、まだ編集にまったく着手していない段階での話なら、最近はトラブル回避のため、かなり契約の解除、支払い済み金員の返還が期待できる状況になっている。

自費出版はかなりの金銭出費を伴うだけに、影の部分には深刻なものがある。

契約担当者がいったい何を話したのか、可能ならムチ打ちでも加えて聞き出したいような例もある。

ある担当編集者が初老の女性著者宅に打ち合わせに行った。その編集者は打合せが長くなったりして、お昼の食事時にかかったりすることを懸念して、必ず自分が弁当を持参することを事前に連絡する。このときは、そう話すと、「いいえ、たいしたものはないが、昼食はあなたの分も用意しておきます」と著者が強く言う。それで、常になく甘えることにした。

相当年季の入った借家住まいの著者宅で、雑物があたりかまわず積み重ねられているのが印象的だったというが、ともかく打合せをおこない、昼食時になった。そうしたところ、おじいさんやおばあさんなど家族がどこからかぞろぞろと出てきたのはいいが、昼食というのはうどん粉に砂糖を入れて蒸かしたものがひとりに三つほど、食台に直接置かれたというのだ。それだけ。

昭和20年ごろの話じゃないよ、平成22年だよ!

帰り際に著者が涙ぐんで、「ご覧のとおりの今の生活だが、間もなく御社から本が出て印税がきちんきちんと入ってくる。そうすれば、この借家を出て新しい住まいに移り、きちんとした生活ができる。契約担当者や編集者には、ホントにホントに、感謝しても感謝しきれない」と言ったという。

こうした生活の中でローン(クレジット)で契約しちゃって、この先いったいどうなるのか。その編集者は、逃げるように帰ってきて、「今後どうなるかを考えると胸が痛む。すべてを放りだしてしまいたい気持ち」と、肩を落とした。(このような経済状態の著者が何故クレジット契約できるのか、現時点ではこのような契約は違法とされている)。



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6.本屋に並ぶ「私家版」その光と影(其の五・光)

前回まで4回に分けて、費用を著者が負担し、かつ刊行された書籍がまがいなりにも書店に並ぶ、「ニュー自費出版」とでもいうべきタイプの出版について、文芸社という版元の現場にいた人間の立場からリポートしてきた。このブログにお立ち寄りいただいた皆さんは、リポーターのクンちゃんというやつは、ニュータイプ出版に否定的な考えの持ち主なんだなあという印象を持たれたかもしれない。

いや、いや、実はその反対、ノンフィクションジャンルでは、このタイプの出版の意義、社会的役割というものがかなりの重要度をもって明確に存在するというのが、クンちゃんの感想なのである。(ただ、小説などフィクション部門では、おそらく投下資本(出版費用)に見合う成果は得られぬと考えるのが正解であろう。)

そこで、「本屋に並ぶ私家版、その光と影」の最終稿である今回は、ニュー自費出版のとみられる部分に光をあてる。テカテカやねえ!

言うなれば、“千人千色”の無名の書き手による原稿が、毎日毎日、さまざまな出版社に送りつけられたり、持ち込まれている。そして、その大部分が日の目を見ずに返却されたり、廃棄される場合もある。これが偽りのない現実である。無名の書き手の出番というものはほんとうに限られているのが現実なのである。

しかし、さまざまな事情から、「どうしてもこれだけは世間の人に知ってもらいたい」「汚名を着せられたまま死ぬわけにはいかない」「こんな問題がこのまま放置されていいはずがないじゃないか」というような、よんどころのない事情を抱えた人びとがいつの時代にも存在するのは確かだ。世間様になんとか訴えたいが、その手段がない。新聞も雑誌も放送も、おいそれとは相手にしてくれない。ごまんとある出版社だって、採算に合うかどうかが最大の眼目。簡単には相手にしてくれない。

こんなことは、別に珍しいことではない。

クンちゃんはどちらかというと大雑把なヨークシャーなので、あんまりごたごたした話はしたくはないのだが、わがヨーキー憲法第21条第1項はかく言う。

「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と。

しかし、発表の場がなくっちゃ、言論の自由も、表現の自由も絵に描いた餅。いくら保障してくれるったって、あんまりありがたくないわな。街頭で、ひとりで演説し、ビラをまいたって、誰も相手にしてくれないのが実情。マスコミに対する反論の機会を保障すべき等とする「アクセス権」というものが主張されてはいるが、これも今のところ実効性はない。

したがって、どこにも発表の場がない主張、著作というものが見えない形で積み重なっていくわけだが、その中には「こんな有罪、おかしいじゃん」とか「どうも悪いとされているほうが正しいんじゃないか」、あるいは「こんな主張はきちんと世に出るべき、世に出すべき」というものが確実に存在している。

クンちゃんは、そうした著作はなんとかして、出版したいと考えてやってきた。いわば表現の自由を高らかに宣言するヨーキー憲法を補完するものとして、ニュー自費出版があるのだ!とさえ、心の中では思っているのであります。まあ、お金がかかるのが玉に瑕っていうことになるがな…。

このようなわけで、紹介すべき例は山ほどあるが、その中からクンちゃんが携わったものを少しばかりレビューに供したい。



『国策捜査』(貴志隼人著)  著者は、さまざまなモノを粉体に加工する機械を製作・販売する大きな会社の創業者・社長。順調に事業を進めてきたが、突然、イランに輸出した製品が、原爆製造に使われる恐れがあるとの難癖的な容疑をかけられる。大々的な捜索、自身も長期の勾留を余儀なくされ、会社もピンチに見舞われる。しかも、裁判は有罪の決着となる。取引先・取引銀行の信用は地に堕ちてしまった。だが、このままでは、すまされん。裁判の結果は、あくまでも“司法的真実”であって、本当の真実は別にある。そうした執念で書いた原稿だが、出してくれる出版社など見つからない。あるはずないのだ。それを引き受けるのが、ニュー自費出版だった。

出版後、しばらくしてこの会社の消息を耳にした。この本を出したおかげで、“司法的真実”を修正することはできなかったが、取引先も銀行も旧倍のつきあいが復活し、困難な状態だった業績も回復、空前の実績をおさめたという。まさにニュー自費出版、いんや、いまからこの手の出版をクンちゃんは“自由出版”と称することにするが、自由出版ならではの快挙ともいえる。



『僕、コレで市長辞めました』(旅田卓宗著)  僕コレ、のコレとは、小指である。彗星のごとくあらわれた和歌山市の旅田・元市長だが、背任、収賄に問われて有罪が確定。現在、加古川刑務所に服役中である。(http://plaza.rakuten.co.jp/papaiku/)

旅田さんは、相当に斬新な手法で地方自治を推し進めたが、女にもてるのが禍となり、写真週刊誌に女性問題で袋だたきにされる。さらに、市議会が議決した市施設としての借り上げ賃貸借契約が背任となり、もらってもいない建設会社からの賄賂も受け取ったとして最高裁で有罪が確定した。この本は、まだ大阪高裁の控訴審判決が出る前に刊行されたが、すべてが女性問題の悪印象によってマイナスの判断をされ、もてない世間の男たちのやっかみも手伝って、旅田さんの本を出そうというところはそうそうなかった。この本は、刊行前に慎重に審査するための費用も出してもらって吟味検討を加えた。自由出版の真骨頂のひとつといえよう。



『誰がコトを殺したか』(坂本せいいち著)  昭和11年の夏に、青森県五所川原で起きた美人おかみ「コトさん」殺しで犯人とされた人の義理の息子が、このままおやじの汚名を返上しないでは、死ねん!と持ち込んできた。文字どおり、「血と涙でつづった原稿」だったが、思い入れが強すぎる論調で、読み進めることができない。大幅に再取材しないと本にはならない。しかし、完成原稿としての費用しか計上されておらず、取材も再構成するにも一円の費用もなかった。そこをなんとかかんとか工面しつつ、やっとこさ上梓されたのがこの本。昭和11年というと、2・26事件があった年。七十何年も前にもなる。そんな古い事件のうえ、敗戦前の青森空襲で大切な裁判関係資料が焼けてしまっている。圧倒的に困難な状態にもかかわらず、いま日弁連人権擁護委員会はこの本を手掛かりとして、あらためてこの事件を見直そうとしている。自由出版も捨てたもんじゃないぜよ!



『嬉しくて、悲しくて、苦しくて』(柿原幸代著)  著者は小児科専門の看護師。自分がかつて勤めていた大病院で次女を出産する。しかし、出産時の問題で娘は短いが苦しい苦しい闘病の末、その生涯を閉じる。著者と夫は悲嘆のどん底に叩き込まれる。

娘の死の原因はなかなか明らかにならない。専門的知識を持つ著者にして、何が起こったのかを解明することは、あたかも無装備で氷壁に挑戦するようなものだった。実態がわかりにくい医療事故に、当事者(患者の親としての立場)と第三者(医療者の一員たる看護師の立場)の視点から挑んだ力作だったが、刊行後に病院側から起こされるかもしれない名誉毀損等の裁判沙汰に巻き込まれる可能性が多分にあった。訴訟になれば、収支からいえば版元に利益は残らない。大損である。したがって、最悪、訴訟になっても勝てる状態にして刊行しなければ申し訳が立たない。えらく手間暇がかかる。できれば、やめたい。しかし、この本をいま出さないことは版元の恥だ、ということで世に出たのが、この本である。

いくつか実例を挙げてきたが、このように“自由出版”にも大きな存在意義がある、という点においては、おおかたの了承を得られるものと思う。

問題は、このタイプの出版を実際にどのように推進していくか、ということである。著者の思惑と、版元の本音が乖離している現状をどのように改めていくのか、双方が考えを改めてゆく必要を感じる。(この項、おわり)



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7.コメント欄へのお答え(文芸社の流通事情など)

質問1、文芸社の配本状況はどんな感じなのか?また、会社により、配本や書店とのパイプには差があるのか??

A 流通する契約のものは、全国に散在する提携書店(書店数は)から著者居住地などを勘案した300書店に配本される。300書店を割り込まぬよう、現実には10パーセント程度上乗せされる。配本したはいいが、陳列しない書店もあり得るので、販売部員が各店を巡回する。

会社(版元)により書店とのパイプも、力関係もまったく異なる様相となる。下は楊枝程度から、上はきりがない。ただし、ある本が売れ始まったら、それまでは楊枝の、それも先っちょほどであっても、たちまちオロチほどにもなるんだね、これが。

質問2、文芸社における「それなりに売れる本」「意外に頑張ったと言える本」「ぜんぜん売れない本」の、おおよその販売部数。

A 標準的な刷り部数は1000。著者が100部の「贈呈」を受け、広報用など50を除いた850が流通に置かれるというのが一般的なパターン。

それなりに売れるというのは、800ぐらい売れて、増刷(だいたい500単位が多い)するかどうかという検討段階に至るもの、意外にがんばる本は、長い時間にぽつりぽつりと売れて行って、気がつくと二桁の増刷になっている、なんていうのもある。全然売れない本、というのは確かにある。1冊も売れないものもあるかもしれない。

質問3、自費出版する人間の胸には、「あわよくば編集者に気に入られて、俺の本だけは重点的に力を入れて売って欲しい」というのが少なからずあるが、そこら辺の基準は実際のところ、どんな感じ??

A 編集者の感覚と、販売担当者の目のつけどころというのは相当に異なるので、編集者に気に入られるかどうかというのはほとんど販売促進に関連がない。重点的に販売促進をおこなう新刊を選定する会議があるが、出たことはないのでその雰囲気もわからない。ここで、選定されると契約で定められた連合広告以外の新聞広告等の機会が増えるが、それがどんな効果を発揮するかはわからないというのが実情と思われる。

広い意味での広告・宣伝を巨額の費用を投じておこなっても、売れるものと売れないものが出てくる。広告すれば必ず売れるなら、世話はないわけだ。

もっともカネをかければ売れるものもある。

著者がカネを出して出版したが、ああそうですか、というわけで、どうということもなく平穏な日常に戻った。そういう作品3作(ひょっとして2作だったかも)に、確か1作あたり100000000円程度のカネをかけて売り出したことがあったが、そのうち1作は、若年層を中心に受け入れられ、著者の神永学氏は「作家」となって、赤い隻眼探偵が活躍する連作を世に出す端緒となった。(余談・この間、病院で山梨日日新聞の7月9日付、誰か山梨から来た人が置いていったのを拾って眺めていたら、神永氏の回想のような記事がのっていたが、この巨費を投じて宣伝してもらったくだりは一字も書かれていなかった。そんなもんだよなあ!記事は共同配信かもしれない。)

質問4、断裁疑惑について

A 出版契約期間は初版第一刷刊行後3年間ですが、その期間満了前に在庫のある部分を断裁廃棄処分している可能性は相当の確率と感じています。これは、栗田工業の文芸社出版介入問題のところでしばしば登場した著者サービスセンターというところと、社内外の委託倉庫関連部署しか明確には回答できない類の問題です(もちろん、その指示はさらに上から来るでしょうが)。

おっと、付け加えておかなければならないのは、出版契約が解除、あるいは終了(期間満了などで)すると、著者が在庫を欲しいと言えば送料著者持ちで希望数を引き取ることができますが、不要なら断裁廃棄処分されます。おっしゃるとおり、埼玉県三芳町の倉庫は年々拡張してもすでにあふれかえっています。

それで、クンちゃんの在勤時の感触ですが、契約期間内にも切っている(断裁している)と思います。

前に書いたとおり、クンちゃんのところにはさまざまなクレーム案件が回りまわってたどり着いていたのですが、その際にその案件の現況を含む資料が添付されてきます。それには、在庫数が記載されていますから、600、700売れたように見えるものも来ます。

そこで、「おお、これは、結構売れてんじゃないか」などと感想を述べることがありましたが、そんなとき相談者(契約担当者ほか)は、「いや、これはゴニョゴニョで…」などと言葉を濁すのが常でした。

自分の所有物を自分の判断で切っていること、初版第1刷の印税は刷り部数で支払い済みであること、これらから法的にはまったく問題がないということになります。

そのようなとき、クンちゃんは「いらん本をつくって邪魔だから切る、紙がないからと言ってまた木を切る、本の神様というのがおられたら、オレらはもう何回も殺されてるよ」と口に出して言っているので、これを耳にした社内の人間は数多いと思います。

なんでもかんでも同じ部数を刷る必要はないと思います。



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8.売れなかった写真集

(1)
先日の朝日「ひととき」欄(9月30日付)に載った横浜のご婦人の投稿を読んで、思わずため息が出てしまった。

「70歳になった記念に、若い頃から趣味で撮っていた雲の写真集をつくり、自費出版した。友人に贈って喜ばれたが、商品としての売れ行きはさっぱりで落ち込んでしまった」というのだ。

そこで、このご婦人は思い立ってフリーマーケットに出店する。ところが、ぬいぐるみのネコにポップを持たせるなどして工夫したものの、案に相違して1冊も売れない。

フリマ出店で唯一救われたのは、隣の手づくり洋服などを売っていた母子が雲好きで話がはずんだこと。そのふたりに1冊ずつプレゼントした、というお話である。

この方がどういう経緯で、どういう版元から刊行したのかはわからない。だが、単なる私家版として満足するのではなく、「商品としての売れ行き」を考えていたことがわかる。

ということは、近くの印刷屋さんで100冊お願いしたというようなものではなく、やはり書店等で流通させることができる版元から出したと考えたほうが当たっていると思われる。

その商談の中で何が話されたのかはわからない。だが、単にご自分だけがひとりよがりで思っていたのではなく、「商品としての売れ行き」が大いに期待されるという話の成り行きであったことがうかがわれる。

そして、相応か不相応か、ある金額を支払って、若い頃からの夢を実現した。さあ、どれだけ売れるか…。

このご婦人が「ひととき」に投稿するに際し、どういう心境であったのか、この文章からは正確にうかがい知れない。「売れると思ったけどねえ、売れなかったわ、ホホホ」ということであれば幸いである。

この古希を過ぎたというご婦人の文章を読んでいくと、単なる記念のためにという程度を超えて、「売れるんじゃないかな」「売れるはず」と半ば当たり前のように思っていた心の動きが行間ににじみ出ている。

ご自分だけの思惑だったのか、あるいは他の誰かに示唆されたのか、それはあきらかにされていない。

さらに読み進むと、案に相違して売れなかった厳しい現実を前に落胆した経緯、急遽フリーマーケットに自ら出店したが写真集は1冊も売れなかったことがわかる。そして、ふとしたことに救いを見出した、と結ばれている。

だれか、ご自分以外の人物を非難する気配はまったくない。実に淡々とした筆致である。

クンちゃんの心に黒雲が湧き起こった。そして願う。
あの版元から出したものでないことを…。

それにしても、「本屋に並ぶ私家版 其の四」 の後半部分でリポートした文芸社著者のその後がいつもいつも気になっている。

問い合わせれば容易にわかる。電話1本ですむ話だが、それがどうにも出来ないでいる。

(2)

きょう、気になっていたこの写真集を出した版元を調べようと、まず、“あの版元”文芸社の刊行総目録から始めるべくパソコンを立ち上げ、この方のお名前を入力してみた。

期待に反して、一発でヒットしてしまった。

ことし2月の刊行であるから、まだこの月の見本(1月末)はクンちゃんのところに全部届いている時期である。なんとなく、美しいカバー写真に見覚えがあるような気もしてきた。悪い予感は的中した。

担当編集者が書く総目録の内容説明には、次のようにあった。
「大空を舞台に千変万化する雲。──山に湧く雲は生き物のようにいつだって生き生きとして私たちを楽しませてくれているが、都会の雲も、時には予想もつかない素晴らしいショーを見せてくれる。二十代後半から撮りはじめた集大成、選りすぐりの傑作三十点を掲載。空を見上げて素敵な雲に出会うと、思わずニッコリしてしまう。雲はまるで魔法使いのようだ。」

いまさらどうしようもないが、この方が印刷屋さんや個人出版屋さんの手を借りて、軽い費用負担で100部程度の自費出版にとどめていたら、どうだっただろうかと思わざるを得ない。

おそらく、友人知人に配ったのは同じだろう。そしてお友達からかかるお礼の電話では、こんな会話がなされたかもしれない。

「素晴らしい写真で感動しちゃった。ああいう雲があるなんてねえ、70年も生きてきて知らなかったわ」というようなやりとりの後、

「あの出来栄えなら、値段を付けて売ったら結構売れたんじゃないの!」
「うーん、そうかもしれないけど、そうなると費用も高くなるしねえ、みんなに配る程度でいいのよ。70歳の記念の写真集だからね。」

こうなっていたほうが、「売ろうと思えば売れたのよ」という“淡い期待と後悔”の中で、十分充足することが出来ただろう。そして、「ひととき」への投稿内容もまったく違っていたものになっていたはずだ。

いったい、だれが彼女を売る気にさせたのか。



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