「デュプレとアガ・カーン」 トップヴィル Top Ville


幻の競り

 去る1999年、モンジュー Montjeu と*エルコンドルパサーが叩き合った凱旋門賞は、ペネトロメータ5.1という極重馬場で行われたことは、記憶に新しい所です。これに匹敵するほどの重馬場で行われた凱旋門賞というと、四半世紀近く前にまで遡らなければなりません。

 その1977年10月、アレッジド Alleged がブカブカの馬場を駆け抜けた翌3日に、ロンシャンではある競りが開かれるはずでした。
 「…はずでした」と記したのは、この競りが結局中止されたからですが、その理由も何と「上場予定馬すべてをアガ・カーン四世殿下が買い取ったため」だったというから驚きです。
 10年あまり後にドバイのマクトゥーム一族が踏襲することになるこの手段は、大富豪にとってのみ可能な「バーゲン」であるとともに、彼らの独占欲の強烈な表現でもあります。なにせ、競りの主催者が全体の売り上げ(−売れ残るリスク)と比べてもそちらに飛びつくほどの額を支払うわけで、大人になればできる(by 勝手に改蔵)トレカの箱買いとはワケが違いますよね。(^^;;
 ちなみに、この時アガ・カーンは繁殖牝馬39頭、イヤリング(1歳馬)23頭、ウィーンリング(0歳馬)20頭の合計82頭に対して、130万ポンドを支払っています。当時のレートには疎いのですが、10億円程度でしょうか? 今の金額に直すと…ぶるるっ。(-o-;
 当時、アガ・カーン四世は、偉大な父祖に倣って本格的に競馬に進出し始めたばかり。その殿下がこれほど執着を見せた血統とは、一体何だったのでしょう?

 …実はこの競りは、フランスの大規模なオーナーブリーダーフランソワ・デュプレ Francois Dupre 氏の未亡人が亡くなったため、その繁殖牝馬を整理する目的で開いたものでした。デュプレ夫婦お抱えの血統が、どれほど価値を持っていたのかは、以下のリストを眺めるだけでも察せられましょう。

〜 デュプレの名馬13+1 〜
馬名生年 性別 毛色/父勝ち鞍、繁殖成績など
シャンテュール
 Chanteur
1942 牡 黒鹿
by Chateau Bouscaut
コロネーションC、ジャンプラ賞、サブロン賞(現ガネー賞)、WチャーチルS、パリ大賞-2着、
アスコットGC-2着2回。1953年英リーディングサイアー。Derring-Do や*テュデナムの祖母父
タンティエム
 Tantieme
1947 牡 鹿
 by Deux pour Cent
凱旋門賞(連覇)、コロネーションC、仏2000ギニー、ガネー賞、
仏グランクリテリウム 他。1962/65年仏リーディングサイアー
レランス
 Relance
1952 牝 栗
 by Relic
7勝。Match、Relko、Reliance らの母として、歴史に残る名繁殖。
重賞2勝の全弟*ポリックは*ヒシアマゾンの祖母父となる
タネルコ
 Tanerko
1953 牡 黒鹿
 by Tantieme
サンクルー大賞(連覇)、ガネー賞。Chanteur の甥。
1964年仏リーディングサイアーランキングでは Wild Risk から僅差の2位
ベラパオラ
 Bella Paola
1955 牝 黒鹿
 by Ticino
英1000ギニー、英オークス、ヴェルメイユ賞、英チャンピオンS、仏グランクリテリウム、
仏ダービー-2着。産駒は5頭が重賞勝ち。「ほとんど完全無欠の名牝(山野浩一氏)」
テクサナ
 Texana
1955 牝
 by Relic
アベイユドロンシャン賞 他、2歳時11戦不敗を誇る
マッチ
 Match
1958 牡 鹿
 by Tantieme
キングジョージVI世&クイーンエリザベスS、サンクルー大賞、
ワシントンDC国際、ロイヤルオーク賞。種牡馬としても優れるが、7歳で早世
ラセーガ
 La Sega
1959 牝 黒鹿
 by Tantieme
仏1000ギニー、サンタラリー賞、仏オークス、イスパーン賞。血統表は↓
レルコ
 Relko
1960 牡 鹿
 by Tanerko
英ダービー、仏2000ギニー、ロイヤルオーク賞、コロネーションC、
サンクルー大賞。Match の半弟で3/4同血。全弟*レベルコは本邦輸入
レリアンス
 Reliance
1962 牡 鹿
 by Tantieme
仏ダービー、パリ大賞、ロイヤルオーク賞。凱旋門賞は Sea Bird の2着。
Match の全弟。1977年仏リーディングサイアー
*ダンスール
 Danseur
1963 牡 鹿
 by Tantieme
パリ大賞、カドラン賞、ジャンプラ賞。La Sega の全弟。種牡馬として日本へ輸出され、
ナスノカゲ(NHK杯)の父、マイシンザンの祖母父となる。血統表は同じく↓
ポラベラ
 Pola Bella
1965 牝 黒鹿
 by Darius
仏1000ギニー、ムーランドロンシャン賞、仏グランクリテリウム-2着、
仏オークス-2着、ヴェルメイユ賞-2着。Bella Paola の娘
レフィック
 Rheffic
1968 牡
 by *トラフィック
仏ダービー、パリ大賞典、クリテリウムドサンクルー。
母は Tanerko x Bella Paola、すなわち Bella Paola の半妹にあたる
ローズィレジェンド
  Rosy Legend
1931 牝 黒鹿
 by Dark Legend
4勝。*ハロウェーDante、Sayajirao らの母
 デュプレが自家生産によってこれだけの活躍馬を送り出しえたことは、驚嘆に値します。
 しかもこれらの馬は、実に様々な配合形式からなっていました。ドイツ血統とそのインブリードを用いて名牝 Bella Paola を作ったかと思えば、アメリカの至宝 Man o'War 系のレリック Relic を輸入して米欧国際アウトブリードの Texana や、逆パターンの Match らを送り、一方でフランス土着の血脈を慎重に重ねて La Sega を産み出す、といった具合にです。
 一見柔軟、悪く言えば無節操にさえ思えるこれらの試行は、デュプレの秘密主義によって幾重にも覆い隠されていましたが、そんな中でも「自分が関わった血統は、必ずもう一度生かす」ことを目指す、という彼一流のこだわりは貫かれていたようです。それは、Bella Paola の生産に至る有名なエピソード(『伝説の名馬』参照)からも伺える所。
 だとすれば、もしや母親が自身の手になる Dante も、彼にとっては「自分の血統」のひとつという意識があったのではないか…? 彼の生産馬を眺めていると、そんな風にも想像されます。
La Sega 1959 牝 黒鹿 (= Danseur 1963 牡 鹿) / FNo. 8-i / Teddy 系
Tantieme
1947 鹿
Deux pour Cent
1941 鹿
Deiri
1928 黒鹿
Aethelstan
1922 鹿
Teddy Ajax
Dedicace Val Suzon
Desra
1920 黒鹿
Corcyra Polymelus
Desna Desmond
Dix Pour Cent
1933 鹿
Feridoon
1925
Hurry On Marcovil
Ecurie Radium
La Chansonnerie
1923 黒鹿
Mesilim Sans Souci
La Francaise Simonian
Terka
1942 黒鹿
Indus
1928 黒鹿
Alcantara
1908 鹿
Perth War Dance
Toison d'Or Le Sancy
Himalaya
1920 鹿
Sardanapale Prestige
Mountain Lass Ladas
La Furka
1927 黒鹿
Blandford
1919 黒鹿
Swynford John o'Gaunt
Blanche White Eagle
Brenta
1920 黒鹿
Sans Souci Sanctimony
Beaute de Neige St. Just
La Danse
1951 鹿
Menetrier
1944 黒鹿
Fair Copy
1934 黒鹿
Fairway
1925 黒鹿
Phalaris Polymelus
Scapa Flow Chaucer
Composure
1924 黒鹿
Buchan Sunstar
Serenissima Minoru
La Melodie
1939 鹿
Gold Bridge
1929
Golden Boss The Boss
Flying Diadem Diadumenos
La Souriciere
1930
McKinley Macdonald
La Panade Negofol
Makada
1936
Rustom Pasha
1927 鹿
Son-in-Law
1911 黒鹿
Dark Ronald Bay Ronald
Mother-in-Law Matchmaker
Cos
1920 黒鹿
Flying Orb Orby
Renaissance St. Serf
Rayonnante
1920
Sans le Sou
1910
Sans Souci Sanctimony
Zingara Le Sancy
La Semillante
1909
Phoenix Royal Hampton
Pietra Mala Atlantic
SireLine for Windows Ver1.50 - Build 547

 「幻の競り」の話に戻りましょう。
 要するに、アガ・カーンが購入した上場予定馬の中には、上記の名馬たちの子孫が名を連ねていたわけです。これを足掛かりとして、アガ・カーン四世は大オーナーブリーダーへの道を歩み始めました。
 例えばその内、Pola Bella の娘ヴァルディヴァイン Val Divine(1971 牝 鹿 by Val de Loir)が受胎していたヴェイラーン Vayrann(1978 牡 by Brigadier Gerard) は後に英チャンピオンSを勝ち、その半姉で当時1歳のニースディヴァイン Niece Divine(1976 牝 鹿 by Great Nephew)は7年後に仏ダービー馬*ナトルーン Natroun(1984 牡 黒鹿 by Akarad)を産みます。
 しかし、それらの中で最も早くアガ・カーンに栄光をもたらしたのは、La Sega の孫で
ハイトップ High Top 産駒の1歳牡馬、すなわちトップヴィル Top Ville でした。

Top Ville 1976 牡 鹿 / FNo. 8-i / Dante 系
High Top
1969 黒鹿
Derring-Do
1961 鹿
Darius
1951 鹿
Dante
1942 黒鹿
Nearco Pharos
Rosy Legend Dark Legend
Yasna
1936 鹿
Dastur Solario
Ariadne Arion
Sipsey
Bridge
1954 黒鹿
Abernant
1946
Owen Tudor Hyperion
Rustom Mahal Rustom Pasha
Claudette
1949 黒鹿
Chanteur Chateau Bouscaut
Nearly Nearco
Camenae
1961 鹿
*ヴィミー
Vimy (FR)
1952 鹿
Wild Risk
1940 鹿
Rialto Rabelais
Wild Violet Blandford
Mimi
1943 鹿
Black Devil Sir Gallahad
Mignon Epinard
Madrilene
1951
Court Martial
1942
Fair Trial Fairway
Instantaneous Hurry On
Marmite
1935
Mr. Jinks Tetratema
Gentlemen's Relish He
Sega Ville
1968
Charlottesville
1957 鹿
Prince
Chevalier
1943 鹿
Prince Rose
1928 鹿
Rose Prince Prince Palatine
Indolence Gay Crusader
Chevalerie
1933 鹿
Abbot's Speed Abbots Trace
Kassala Cylgad
Noorani
1950
Nearco
1935 黒鹿
Pharos Phalaris
Nogara Havresac
Empire Glory
1933 鹿
Singapore Gainsborough
Skyglory Simone
La Sega
1959 黒鹿
Tantieme
1947 鹿
Deux pour Cent
1941 鹿
Deiri Aethelstan
Dix pour Cent Feridoon
Terka
1942 黒鹿
Indus Alcantara
La Furka Blandford
La Danse
1951 鹿
Menetrier
1944 黒鹿
Fair Copy Fairway
La Melodie Gold Bridge
Makada
1936
Rustom Pasha Son-in-Law
Rayonnante Sans le Sou
SireLine for Windows Ver1.50 - Build 547 / 9代クロス血統表はこちら
※ 表中 黒太字斜体の表記 は、デュプレないし未亡人の生産馬と確認できるもの。

 アガ・カーンの手に渡った Top Ville は、シャンティイのフランソワ・マテ Francois Mathet 厩舎へと送られます。奇しくも、マテ師はかつてデュプレとともにタンティエム Tantieme らで栄に浴した立志伝中の人物。祖母父にその Tantieme が入るなど、デュプレの思い出に満ちたこの馬に、おそらく師も相応の思い入れがあったことでしょう。
 一方でオーナーのアガ・カーン四世にとってみても、当馬の母父シャルロットヴィル Charlottesville は、祖父アガ・カーン三世と父アリ・カーンが送り出した最後の一流馬(仏ダービー、パリ大賞典など9戦6勝)。そんなわけで、Top Ville の血統とその活躍は、両関係者をより緊密に結び付けることにもなったのです。
 ちなみに現在フランスでセンダワール Sendawar などアガ・カーンの持ち馬を預かっているのは、マテ師の弟子アラン・ド・ロワイエ=デュプレ Alain de Royer-Dupre 調教師です。『書斎の競馬』4号の「ホースメン名士録―海外編」によると、「父は国立種馬牧場の理事」ということですが、これって大デュプレ氏の近親だったりしないかな…?
 Top Ville の血統構成をさらに詳しく検討すると、デュプレの生産馬同士が共通して持つフランス血脈が、実に巧妙に主流血脈と絡み合っていることがわかります。9代表、もしくは別項 Darring-do と上掲 La Sega の血統表を見比べてみて下さい(Top Ville 自身のクロスとしては Sans Souci:9x7*7*8 〜 Sanctimony:8*10x8*8*9 〜 St. Serf:9*9*9x8*9*9*9*10、あるいは Alcantara:8x6 〜 Perth:9*9x7*7、St. Just:7x8、Le Sancy:9*10*10*10*10x8*8*9*10*10 など)。これら仏血群が、Top Ville のタフな能力を裏付けています。
 あるいはそれと並行して、前面の Rustom Pasha:6x5 クロスの内部や周辺には、多種のスピード血脈が少しずつ集結しており、どこか日本の名マイラー・ニホンピロウイナーを彷彿とさせる造りにもなっています(同 Buchan心ky-Rocket:7x6*7、Cos織iadumenos:7x6*8 〜 Orby:8*9x8*9*9、The Tetrarch:7*7x7)。こちらはスピードを追求した先代アガ・カーンの影がちらつく所。
 いずれにしてもここには、同一生産者の「作品」同士が出会った時に見せる、絶妙の釣合いと奥行きの深さが感じられます。
 あるこだわりを持ち続けた生産者が、キャリアの終わり近くに送り出したハウス血統、言わば「晩年の集大成」的配合の例としては、マルセル・ブサックの*アカマス Acamas、フェデリコ・テシオのリボー Ribotトゥールーズロートレック Toulouse Lautrec があります。これらは特定の血脈を蓄積し、比較的遠い代でラインブリードとして再利用することで名馬となりました。
 同様の行為を、後になって他人が理解し行った例には、ブサックの方法を踏襲した*パーソロン Partholon、テシオに敬意を払った*ドン Don などが挙げられます。こちらは「偉業の追憶」的配合とでも名づけられましょうか。
 してみると、デュプレにとっての Top Ville は、「晩年の集大成」と「偉業の追憶」、この2つの型の中間に位置づけられると言えます。

破竹の連勝

 さて、マテ師に鍛えられた Top Ville は、2歳の7月上旬メゾン=ラフィットの1200m戦でデビューしました。しかしここは勝ったピタジア Pitasia(1976 牝 by Pitskelly ― この後 Irish River らを破りロベールパパン賞優勝)シャープマン Sharpman(1976 牡 栗 by Sharpen Up ― 優秀な銀/銅コレクター)についていって3着するのが精一杯。
 続くシャンティイ1400mでのメイドン(新馬&未勝利戦)も、ナジャ Nadjar(1976 牡 by *ゼダーン ― 後のイスパーン賞・ジャックルマロワ賞勝馬)に及ばず2着でした。

 どうやらこの馬は距離伸びた方が良いらしい、と気付いたマテ師は、数週間をおいた Top Ville を、メイドンではなくシャンティイのマイル戦に進ませます。その期待に応えて快勝した時から、 Top Ville の快進撃が始まりました。
 サンロマン賞(G3・1800m)は、圧倒的一番人気のポリニキス Polynikis を寄せ付けない強さを見せつけ、2馬身の完勝。続くG3コンデ賞も、ディアヘンリー Dear Henry と僚馬ルックファスト Look Fast の2着争いを尻目に、4馬身差で勝利しました。

 明けて3歳、前年の勢いもそのままに、ギシュ賞(G3・1950m)で*ベリファ Bellypha(1976 牡 芦 by Lyphard ― ジョンシェール賞、ダフニス賞 他。ジャックルマロワ賞も2着)を半馬身破った Top Ville は、勇躍リュパン賞(G1・2100m)に進みます。
 ここで彼を待ち受けたのが、仏グランクリテリウムなど2歳G1を総なめにし、仏2000ギニーも制した快速アイリッシュリヴァー Irish River(1976 牡 栗 by Riverman ― 後にジャックルマロワ賞やムーランドロンシャン賞も勝ち、G1を計7勝)でした。がっぷり四つに組んだ対決は、果たして Top Ville のレコード勝ち。2着は、Top Ville がデビュー戦で後塵を拝した Sharpman。Irish River は3着と、生涯二度目にして最後の黒星を喫しました。

 こうして5連勝で仏ダービーことジョッケクルブ賞(G1・2400m)へと駒を進めた Top Ville には、もはや他の陣営も手の施しようがなかったらしく、彼はこの大一番もレコードで走破してルマルモ Le Marmot(1976 牡 by Amarko ←Tantieme 直孫! ― 翌年ガネー賞制覇)以下を一蹴、文句なしに同国同世代の頂点に輝いています。
 ドーヴァー海峡の向こう側には、英ダービーを圧勝したトロイ Troy(1976 牡 鹿 by Petingo)が愛ダービー・キングジョージVI世&クイーンエリザベスDSまでも制しており、Top Ville にはその対抗馬としての役割が期待されていました。

 ところが、夏を越えた Top Ville はまるで生彩を欠きます。トライアルのニエユ賞(G3・2400m)を Le Marmot の4着に敗れると、凱旋門賞(G1・2400m)では、Le Marmot の大健闘(Three Troikas と Troy の間に割って入る2着)を見ながら、17着と惨めな敗北を喫してしまったのです。これにショックを受けたアガ・カーンは、Top Ville を早々に引退させる決意を固めます。

 通算成績は10戦6勝。マテ師から2歳時に「本質はむしろステイヤー」と言われながら、ダービーを境に勝てなくなった、やれ情けなや。そんな、ダービー馬がしばしば言われるような批評を背に、Top Ville は引退しました。
 とはいえ、レベルの高い世代にあって記録した6連勝は、2回の敗北くらいで色褪せるものではないですし、アガ・カーンとしても早期引退のおかげで300万ポンドのシンジケートを組むことができ、名も実も得て満足だったのかもしれません。


仏ステイヤー血統、その価値と利用法

 オーナーサイドの思惑はどうあれ、Top Ville は種牡馬としても成功します。以下に列挙するように、初年度から愛オークス馬はじめ、次々と活躍馬を出したのです。


  〜 トップヴィル Top Ville の産駒 (太字は重賞勝ち馬)

ウーリヤ Euliya (1981 牝 out of Eunomia ― ロワイヤリュー賞/仏G3)
プリンセスパティ Princess Pati (1981 牝 out of Sarah Siddons ― 愛オークス/愛G1、プリティーポリーS/愛G2)
キルマン Kirmann (1981 牡 out of Karmouna ― ジョッキークラブS/英G2)
シャルダリ Shardari (1982 牡 out of Sharmada ― カンバーランドロッジS/英G3、セントサイモンS/英G3、
                                       インターナショナルS/英G1、プリンセスオブウェールズS/英G2)
*サンテステフ Saint Estephe (1982 牡 鹿 out of Une Tornade ― コロネーションC/英G1 他)
グレースノート Grace Note (1982 牝 鹿 out of Val de Grace)          → Belmez
ダララ Darara (1983 牝 out of Delsy ― ヴェルメイユ賞/仏G1、プシケ賞/仏G3) → Darazari & Rhagaas
アンデスペラード Un Desperado (1983 牡 鹿 out of White Lightning ― ウジューヌアダム賞/仏G2)
ベロオリゾンテ Bello Horizonte (1983 牡 out of Euphorie ― アルカディアH/米G2、NJTクラシックH/米G3)
ディナリナ Dinalina (1983 牝 out of Shahinaaz)                  → Caerlina
フロリペーデ Floripedes (1985 牝 out of Toute Cy ― リュテス賞/仏G3、ロイヤルオーク賞/仏G1-2着)
                                     → Montjeu
トップサンライズ Top Sunrise (1985 牡 鹿 out of Marie de Russy  ― ロイヤルオーク賞/仏G1、
                                     ケルゴルレイ賞/仏G2、ベルトゥー賞/仏G3、バルブヴィル賞/仏G3)
*ジェドゥーザムール J'Ai Deaux Amours (1986 牝 鹿 out of Pollenka ― オペラ賞/仏G2-3着
                              → Winged Love & *ダイワカーリアン
ホワイトヘヴン Whitehaven (1987 牝 out of White Star Line ― ポモーヌ賞/仏G2)
トップオブザワールド Top of the World (1987 牡 out of Une Florentine ― ヘンリーII世S/英G3)
トップワルツ Top Waltz (1987 牡 out of Imperial Dancer ― オカール賞/仏G2)
ノーウィック Norwich (1987 牡 out of Dame Julian ― ハンガーフォードS/英G3)
ピストレブルー Pistolet Bleu (1988 牡 鹿 out of Pampa Bella ― サンクルー大賞/仏G1、
          クリテリウムドサンクルー/仏G1、エヴリー大賞/仏G2、ノアイユ賞/仏G2、オカール賞/仏G2、コンデ賞/仏G3)
トゥーロン Toulon (1988 牡 鹿 out of Green Rock ― 英セントレジャー/英G1、モーリスドニュイユ賞/仏G2、
                                       チェスターヴァーズ/英G3、凱旋門賞/仏G1-4着 他)
リンドンヴィル Lyndonville (1988 牝 out of Diamond Land)   → *ツクバシンフォニー
エジプタウン Egyptown (1989 牝 out of Reine d'Egypte)    → Northerntown & Egyptband
ベネフィシャル Beneficial (1990 牡 鹿 out of Youthful ― キングエドワードVII世S/英G2、
                                       スコティッシュクラシック/英G3、ワシントンDC国際/米G1-3着)

 おかげで Top Ville は、すぐに売れっ子種牡馬となりました。Bello Horizonte の活躍もあって、遠くアメリカからもオファーの声がかかったといいます。
 その中でアガ・カーンが売却相手に選んだのは、モハメド殿下の英ダーラムホールスタッドでした。価格は何と1000万ポンド、「幻の競り」を買い占める際にこのイスマイル派教主が支払った額の、実に8倍近い数字にまで膨らんだことになります。
 ただ、この後は思ったほど成績が伸びず、1990年には Top Ville もダーラムホールを追われ、故郷フランスに移りました。その直後、ダーラムホール時代の産駒 Pistolet BleuToulon が長距離で活躍して父の名誉を回復しています。
 このように、Top Ville はフランス自慢の長距離血統として地歩を築きました。最良の後継*サンテステフも無事返還され r(^^; 今後さらに父系を伸ばすことが期待されています。

 なお、Top Ville と故郷フランスとの絆(?)は、血統的にも確かめられます。先に述べたように、Top Ville の能力は仏血の充実ぶりに負う所が大でした。これを確実に継承する上では、相手繁殖牝馬にも相応の仏血が要求されます。
 現に、Top Ville の代表産駒は、英国時代の産駒も含めて、すべからく仏血の下拵えが充実した配合から生まれています。Princess Pati なんて、Tantieme:4x5(ついでに Rustom Pasha:6*7x5)の持ち主ですもんね。
 ここのツボを押さえるためには、やはりフランス供用とするのがもっとも簡便な手段でしょう。他国でもこれを真似することはできますが、それがその地の競馬スタイルに合うかどうかは、少々微妙な問題となるからです。

 また、Top Ville は母父としてもなかなか優秀で、「キングジョージ」馬ベルメス Belmez に仏オークス馬カーリーナ Caerlina、愛ダービー馬ウイングドラヴ Winged Love、そして仏愛ダービー・凱旋門賞馬モンジュー Montjeu、あるいは*ツクバシンフォニーらを輩出しています。そうそう、英愛ダービー・凱旋門賞のシンダール Sinndar の場合は、祖母父が Top Ville でした。
 ただし Top Ville 自身は、父 High Top ほどのフィリーサイアーというわけでもないので、母父としての優秀さは、X染色体のお話よりも、Northern Dancer(なかんずく Sadler's Wells)との相性の良さ、厳密に言えば Derring-Do と Charlottesville が Nearctic と強固に結びつく点に帰着させるべきでしょう。

 一方BMSへ後退したことで、Top Ville 内仏血の重要性は(相対的に)下がりました。ただ、これらを全く無視するのは、さすがに賢明ではありません。
 父が*デインヒルと、米血の度合いが高い配合の*ツクバシンフォニーがどこか突き抜け切れなかったのも、この辺に原因がありそうです。もちろん、米血を導入したおかげで繁殖面では道が開けるはずだったわけですが。


セガヴィル牝系の今

 Top Ville こそ手放したものの、アガ・カーンはそれ以降も Sega Ville の牝系にのイニシャルを与え、大切に育ててきました。下記の牝系図をご覧下さい。
 こうした努力が産んだ成果の一つが、Top Ville 半妹の息子タジュン Tajoun です。同馬は、昨年秋の仏長距離戦線で活躍し、凱旋門賞前日のカドラン賞(ロンシャン4000m)で待望のG1を制しました。現場での配役は、もちろんド・ロワイエ=デュプレ師&モッセ騎手。ただ、同馬の配合は米血主体で、牝系本来のフランス血脈に対するフォローも十分とは言えません。
 また、Top Ville の全妹*タルシーラ Tarsila は、1996年10月、日本に輸入されています。現2歳のラムタラ牝駒はそこそこ見所のある配合…と思ったら、こいつは輸出されてたんですね(チャームさんのPOG輸出馬一覧を参照)。r(^^; 輸出先がアメリカなら、アガ・カーンが買い戻したってことはなさそうだにゃ。


 牝系図:La Danse / FNo. 8-i

 La Danse ( 1951 牝 鹿 by Menetrier ) ― 米3勝   La Sega ( 1959 牝 黒鹿 by Tantieme ) ― 9勝、サンタラリー賞/仏、仏1000ギニー/仏、仏オークス/仏、イスパーン賞/仏、   ||          プティクヴェール賞/仏、ロベールパパン賞/仏-2着、アベイユドロンシャン賞/仏-2着   |Sun Sun ( 196? 牡 by Mourne ) ― 5勝、プティクヴェール賞/仏   |Sega Ville ( 1968 牝 栗 by Charlottesville ) ― 2勝、フロール賞/仏G3、クロエ賞/仏-2着(2回)   ||Esperados ( 1974 牡 by The Axe ) ― 1勝   ||Top Ville ( 1976 牝 鹿 by High Top ) ― 6勝、仏ダービー/仏G1、リュパン賞/仏G1、   |||               コンデ賞/仏G3、サンロマン賞/仏G3、ギシュ賞/仏G3   ||*タルシーラ Tarsila ( 1980 牝 鹿 by High Top ) ― 2勝   |||Torjourn ( 1986 牡 by Green Dancer )   |||Takarouna ( 1990 牝 by Green Dancer ) ― プリティーポリーS/愛G2   ||||Takarian ( 1995 牡 鹿 by Doyoun ) ― 現4勝、メルドS/愛G3、ベイメドウズBCD/米G3、アメリカンH/米G2   ||||Takali ( 1997 牡 by Kris ) ― 現3勝、ロイヤルウィップS/愛G2、メルドS/愛G3   |||タルシーラ-98 ( 1998 牝 鹿 by *ラムタラ )   ||Takariyna ( 1982 牝 by *グランディ )   ||Taeesha ( 1983 牝 鹿 by Mill Reef )   |||Tajoun ( 1994 セン 鹿 by General Holme ) ― 現12勝、カドラン賞/仏G1、ヴィコムテスヴィジエ賞/仏G2、   |||         バルブヴィル賞/仏G3、グラディアトゥール賞/仏G3、ロイヤルオーク賞/仏G1-2着   ||Torjoun ( 1986 牡 by Green Dancer ) ― 2勝、ダンテS/英G2   |El Sagador ( 19?? 牡 by Silnet ) ― 3勝   *ダンスール Danseur ( 1963 牡 鹿 by Tantieme ) ― 7勝、パリ大賞/仏、カドラン賞/仏、ジャンプラ賞/仏、                        リス賞/仏、アスコットGC/英-3着
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蛇足:
 それにしても、当代アガ・カーンの馬名は紛らわしいですなぁ。
 Ebaziya から生まれたG1馬3頭が Ebadiyla、Enzeli、Edabiya だとか、Delsy から出たのが Darara、Dalal、Dabara、Dalara だとか。…このTラインだって、「タジュン」「トジュン」「トジュルン」に「タカルーナ」「タカリーナ」「えぇぃ、どっちやねん!」(*o☆\(- -;

2000/03/09 ( ― Revised on 04/29,09/14 )
Great Sources ― Tony Morris : "Thoroughbred STALLIONS", The Crowood Press, 1990
      山野浩一:『伝説の名馬』PartIII, 中央競馬PRセンター, 1996
+ A. "Chester" F.師によるレクチュア


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