東京都美術館八十周年を迎えて

 
日本手工芸文化協会会長 犬丸 直

私は日本芸術院長の前任者であられた有光次郎先生の後を受けて、また多くの協会役員の先生方の強いご推挙を断りきれず、平成七年以来、日本手工芸文化協会の会長の職を務めています。私自身、美しい手工芸品を鑑賞することは大好きですが、手先は誠に不器用で自ら手工品を制作する事などは思いもよりません。しかし毎年東京都美術館で、小中学生から青年に至る各年令の方々が心を込めて制作された作品を拝見するのを誠に楽しみにしております。
 当協会は古い歴史を持っており、今年六十六回の美術展を迎えます。六十六回といえば半世紀を超える年限であり、六十年前は私が大学を卒業した年に当たります。まだ日本経済も復興せず、東京の街中に空襲の焼跡が見られた頃です。やがて文部省に入省し、当時左翼が台頭し、日教組が保守反動の文部省と声高にさけび、ジャーナリズムも大方、反政府的論調に染まっていた中で、教育正常化のための立法、国立学校偏重の従来の文化行政の中に私学振興策の強化を計る事などの仕事に励みました。その間に共立女子大の鳩山素子先生、大妻女子大の大妻コタカ先生、和洋女子大の稗方弘毅先生、玉川大学の小原國芳先生などに絶大な御指導、御鞭撻をいただきました。
 その後、学術行政などの仕事を経て、文化庁長官の職に前述の有光先生の後を受け継ぐ事になりました。役柄の上で芸術.文化に多く触れる事になったのは真に嬉しかったのですが、私自身に全く文化的な素養はなく、多くの専門家たちの識見を頼りに仕事をしてきました。その事は今日でも同様で、協会に会長としてどれだけ貢献できているのか疑問ですが、多くの有能な役員の方たちの努力により今しばらく職務をまっとうしてゆく所存です。
 当協会と東京都美術館の長いおつきあいについて、常任委員の赤坂むつ子氏の思い出によれば以下の通りであります。
 戦後、当協会は、昭和二十三年に設立総会を開いて新たに大きな組織として再出発を致しました。当協会の前身である手工芸教育研究会は、昭和十六年より展覧会を開催しておりました。組織を改めました目的は、戦後の教育の遅れと荒廃を嘆いた手工芸美術の作家と指導者が集まり、作品制作を通してこの道の健直しをと立ち上がったのが始まりです。そして、教育関係者.財界・政界の有志が先頭に立ち、文部省・東京都・東京都教育委員会・毎日新聞社・朝日新聞社の後援を得て大きな組織が出来ました。
 昭和二十四年に発行された、手芸教育要覧を見ますと、役員として、鳩山薫子先生・大妻コタカ先生.稗方弘毅先生、並びに文化女子大学成田順先生をはじめとして、当時の小学校・中学校・高等学校.専門学校(現大学)の校長先生が並ぶという、指導者の御顔触れの大きさに驚きます。
 指導された各分野の作品・一般公募の作品・作家の作品は、旧美術館の工芸館(動物園側に面していました)の全室を使って陳列され、盛大に開催されました。そしてその志を受継ぎながら今日に至っております。その間、御皇室の宮様方には大きな御力添えを賜りました。
 第七回展覧会には、皇太后陛下(貞明皇后)、皇后陛下(香淳皇后)お揃いで御台臨を賜り、大変な御関心をお寄せいただきましたことは、協会関係者一同感激いたしました。また、秩父宮妃殿下・高松宮妃殿下にも旧美術館に御成りいただき親しく御下問を賜った事も喜びでございました。新美術館に移りましてから、第四十一回展を回顧展として開催いたしましたが、秩父宮妃殿下をお迎え出来ました事はありがたいことでございました。続いて常陸宮妃殿下にも御成りを賜りました。
 初代会長で参議院議員野田俊作先生の一文「時代の要求に應ずるもの」の中に、「東京都美術館に手工芸展を開いて無上の光栄に浴し、輝かしい実績をのこしたことを手はじめに、手工芸の理論と実技の研究をも展開し、なお、手工芸の根本的重大事項である手工芸教育の振興徹底に閲し国会に請願するなど極めて多面的活動を続けて来た…(後略)」この御言葉からも設立当時の展覧会に並々ならぬ大きな力入れが有った事が分かります。
 この後、海外との交流を重ね国外での展覧会をたくさん開催致しました。
 一九五七年には、ロンドンに於いて第五回国際手工芸展覧会が開催され、当協会を通してたくさんの作品が出品されました。その中より駐英日本大使館へ寄贈した作品も有り、諸国との交流に役立ったという駐英大使より外務大臣藤山愛一郎氏宛の書簡が有ります。
 一九六五年美術教育の国際会議が日本で開催されました。当協会も賛助出品として、手工芸美術展に出品された受賞作品を各出品校の協力を得て、上野の文化会館と虎の門の教育会館の会場に展示し各国の関係者より驚きの声と共に高い評価を受け、誇りに思った事も思い出されます。
 時代の変わり行く流れに対應しつつ、六十六回の展覧会が開催出来ますのも、東京都美術館の御配慮があればこそと、重ねて感謝いたします。


(東京都美術館八十周年記念誌より)