厩  橋
(うまや ばし)

 全長 : 151.4 m  全幅 : 21.8 m  構造 : 3スパン 鋼製 タイドアーチ橋  完成 : 昭和 4年 (1929)
 架 設 区 間  台東区 蔵前 2丁目  <==> 墨田区 本所 1丁目  (春日通り)


『厩橋』 (美しいフォルムの3連アーチ橋)

遠景 (右上の高架は首都高速6号向島線)
 
【厩 橋】
『厩橋(うまや ばし)』 は、台東区蔵前 と 墨田区本所 の間で、
「春日通り」 が 「隅田川」 を渡る橋である。
この橋の創架は明治 7年(1874)、
それまでこの付近にあった 「御厩(おんまい)の渡し」 に代わって架設され、
「隅田川」 では 第6番目の橋となった。

【橋名の由来】
『厩橋』 の名称は 「御厩の渡し」 からきているが、「厩」 とは 「馬屋」 のことである。
『蔵前橋』 の項でも述べたように、この一帯には幕府の 「御米蔵」 があったが、
米の運搬のための馬もたくさん飼われていたようで、「御米蔵」 には専用の 「厩」 があったことから
「御厩(おんまい)」 の名称が使われるようになった。
「御厩河岸」 や 「御厩の渡し」 などのほか、
『厩橋』 も、架設当初は 『おんまい橋』 の俗称で呼ばれていたようである。

【御厩の渡し】
「御厩の渡し」 は江戸時代の中頃に開設された渡し船で、
人はもちろん米蔵の馬たちも利用したようである。
人も二文、馬もニ文の船賃であったという。
この渡しに限ったことではないのだろうが、渡し船では事故が多発しており、
「御厩の渡し」 は別名 「三途の渡し」 などとも呼ばれていたという。
そんな中、明治 5年(1872) に多数の花見客を乗せた渡し船が転覆事故を起こし、
この渡しを利用する者がほとんどいなくなってしまうことになる。

【賃取り橋】
それでも上流の 『吾妻橋』、下流の 『両国橋』 まではかなりの距離があることから、
不便を感じた地元住民がその費用を出し合って有料の 木橋 を架設したのが
『厩橋』 の始まりであった。
今でいう第三セクター的な橋であったのだろうか、明治の頃には時々みられる架橋形式で、
神田川の 『左衛門橋』 や 日本橋川の 『鎧橋』 なども同様である。

【旧・厩橋】
ただ、民間による橋の架設は出来ても、維持管理までは手が回らなかったようで、
『厩橋』 も明治20年(1887) には東京府の管理になっている。
その後、明治26年(1893) には木橋の老朽化でトラス鉄橋に架け替えられたが、
関東大震災によって大きな被害を受けている。
橋の崩落こそ免れたものの、火災によって木製の床は焼失し、
鉄製の構造部材も熱によって変形してしまったというから、凄まじい火炎であったのだろう。

【現在の厩橋】
現在の 『厩橋』 は、昭和 4年(1929) に震災復興橋梁として架設されたものである。
3径間の鋼製アーチ橋で、下流の 『蔵前橋』 が上路式なのに対して、
この 『厩橋』 は下路式アーチ橋となっている。
力強い3連のアーチ構造と緑の塗装、
アーチの下に一直線に延びる橋桁などが印象的な、美しい橋である。
親柱には馬をデザインしたステンドグラス風のガラス細工が組み込まれているほか、
橋の各所に 「厩」 にまつわるオブジェが配されており、
歩いて渡るには楽しい橋となっている。


アーチへと続く珍しい鋼製の親柱

親柱の上部には馬を描いたガラス細工

比較的シンプルな欄干には蹄のデザインが?

綺麗にカラータイルで舗装された歩道

古いガス灯を連想させる橋灯

橋灯の支柱付け根には馬のデザインが

車でのアプローチはこんな感じ

アーチ部分の骨組

歩道からアーチを見上げる

アーチ天井部の骨組

川筋には屋形船の船着き場がある

本所側にある佃煮の老舗 「海老屋総本店」

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