2017/6/12 up  [もどる↑]
■次のステージへ
 バリアフリーは  合理的配慮とは

* バリアフリーは

階段よりも、エレベーターやエスカレーター
個室が狭いトイレよりも、広くて台や流しがある、ボタンでドアの開閉のできる<誰でもトイレ>
文字だけの案内板よりも、点字や音声が添えてある
アナウンスだけよりも、文字で表示されている
など、障害がある人や体が不自由なときに頼れる手立て。
以前に比べ、ずいぶん広まっているものの、
障害のある人が出歩きやすくなっているかというと、残念ながら不満は残る。

心臓機能障害の私からすれば、階段を上らなくて済むエレベーターが
人の流れを突っ切り長く歩いた先だったり、方角がわからなくなり却って動き回ることになったりするし、
案内表示をみても、段差や坂道の記載がなく、近いと思ったルートで却って疲れたりすることもままある。
視覚障害の方に必要な点字ブロックは、車いすや歩行器の方には車輪がガタガタして障害になる。
アナウンスを聴覚の鈍った高齢者に合わせた音量にすれば、聴覚が敏感な方は耳を塞ぎたくなるだろうし、
点字の案内を充実させても、点字を習得するのは難しい大人になってからの障害の方が増えた。
設備を整えても、個々の障害のすべての人を満足させることはできない。
バリアフリーには限界がある。
[先頭へ↑]

* 合理的配慮とは

ひとことで言えば、その人の状況にあった支援を考え、行うこと。
風邪の人にとってのバリアフリーが、市販の風邪薬(熱・鼻・のど・咳にまとめて効くもの)だとしたら、
合理的配慮は、つらいのは咳だけなら咳止めを、でも眠くなると仕事に支障があるから…、と
風邪の症状やその人の立場を考えて薬を出したり、持病に影響がないかどうかも検査したり、仕事を休めるようにしたりすること。
私の勤め先を想定すれば、エレベーターの設置、重いドアの改修がバリアフリー、
重いものを運ぶ業務をさせないこと、短時間勤務を認めること、難病治療の通院は育児休暇のように有給にすることが合理的配慮。

配慮を必要とする個人の状況と、周りの状況に応じ、できる解決策をやっていくこと。
こう書くと簡単そうに思えるが、具体的に進めようとすると
重いもの免除は叶うだろうが、通院有休は簡単に認められそうにない。
短時間勤務の求人は多いが、障害ゆえにフルタイムは難しい人だけ正規の待遇にできるだろうか。
(個人の側から見れば、半日の勤務が健康な人一日分と同じ疲労度だとしたら、半日勤務を正社員待遇にしなければ障害の有無で差がつくことになる)
差を埋める策で逆差別にならないか考えれば、どこから差別かは立場により意見が違うかもしれないし、
その会社、その環境の中では、どうしても変えられないこともあるだろう。
障害のある側は、困っていることを具体的に伝えなければならないし、なかなか言い出せないこともあるだろう。
配慮する側もされる側も、どう考えるか、どう判断するか、悩ましい。

摩擦を嫌い 不便を言い出せない、面倒を嫌い 配慮しようとしない、そんな現状から、
悩ましさを、雇う側も勤める障害者も、お互いに引き受けようとする方向へ導く、それが合理的配慮の役割。
お互いが対話するきっかけをつくり、障害のある人が力を発揮できるように。

介護休暇や育児休暇を許可することも(特に国の基準より緩くなれば)合理的配慮だろう。
個々の事情に合わせて配慮しているのだから。
そう考えれば、障害のある人だけの話ではない。
社会的に不利な状況すべてに対しての考え方として使える。

車椅子の人たちが街に出て不便を訴えたことで、スーツケースやベビーカーの移動が楽になった。
スロープやエレベーター設置のきっかけのすべてが車椅子の人の訴えではないとしても、
バリアフリーが広まり、移動が楽になるきっかけとなったのは確かだ。
不自由を抱える人の訴え、勇気が、住みやすい社会への流れをつくっている。
双方で考えていくという流れが根付くよう、合理的配慮を育てていこう。
[先頭へ↑]

[←もどる] ||| 悠表紙へ⇒