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46th Concert

  

アンサンブル山手バロッコ第46回演奏会

洋館サロンで楽しむ
スペシャルなアリアと協奏曲の世界

"Special Taste of Haydn and Mozart Arias and Concertos in Salon Concert

洋館で親しむバロックシリーズ 第37

2013211(月・祝) 18時開演(1730分開場) ベーリックホール(横浜市中区山手町72
18
00 11th February. 2013 at Yamate Berrick Hall

 

主催:「横濱・西洋館de古楽」実行委員会  共催:公益財団法人横浜市緑の協会/横浜古楽プロジェクト

後援:横浜市中区役所  協力:横浜山手聖公会/アンサンブル山手バロッコ/オフィスアルシュ  協賛:元町SS会 

 

出演

木島 千夏(ソプラノ)(賛助出演)

国立音楽大学卒業後、同大学音楽研究所の研究員としてバロック歌唱の研究と演奏活動に従事した後、ロンドンのギルドホール音楽院に留学。第30回ブルージュ国際古楽コンクールにて4位入賞。翌年同音楽祭に招待され、モーツァルトの「聖墓の音楽」のソロ等を歌った他、ヨーロッパ各地で音楽祭や演奏会に出演。95年に帰国。ロンドンと日本各地でリュートのNigel Northとデュオ・リサイタルを行う。古楽ユニット「ひとときの音楽」シリーズ(1995年〜)、横浜山手の洋館コンサート(2002年〜)の他、2006年にG.F.ピント没後200年記念コンサートをフォルテピアノ(上尾直毅氏)と行う。「カペラ・グレゴリアーナ ファヴォリート」メンバーとしてヴァーツ国際グレゴリオ聖歌フェスティバルに出演。現在、聖グレゴリオの家教会音楽科講師。横浜合唱協会ヴォイストレーナー。

 

国枝 俊太郎(クラシカル・フルート)(賛助出演)

東京都出身。リコーダーを安井敬、フラウト・トラヴェルソを中村忠の各氏に師事。1995年開催の第16回全日本リコーダー・コンテスト「一般の部・アンサンブル部門」にて金賞を受賞。これまで東京リコーダー・オーケストラのメンバーとしてNHK教育テレビ「ふえはうたう」などに出演、CD録音にも参加する。現在はバロック室内楽を中心に、リコーダー・アンサンブルによるルネサンス〜現代までの作品や、ギターとのアンサンブルによる19世紀のサロンピースの演奏、さらには古楽器オーケストラによる数々の演奏会に出演するなど、幅広く活動している。ルネサンス・フルート・コンソート「ソフィオ・アルモニコ」メンバー。バロックアンサンブル「クラングレーデ」メンバー。

 

崎川 晶子(フォルテピアノ:P. McNulty, after F. Hoffman)(賛助出演)

桐朋学園大学ピアノ科卒業。ピアノを故井口基成、兼松雅子、ジャン=クロード・ヴァンデンエイデン、指揮伴奏を故斎藤秀雄に師事。ベルギーにてチェンバロに開眼し、シャルル・ケーニッヒ、渡邊順生、パリの古楽コンセルヴァトワールでノエル・スピース、フォルテピアノをパトリック・コーエンに師事。ドレスデンカンマーゾリステン、デイヴィッド・トーマスなど外国アーティストとも共演多数。現在ソロ、コンチェルト、室内楽など多方面で活躍中。ソロCD「ア川晶子/クラヴサンの魅力」「モーツァルトの光と影」「夢見る翼」(ア川晶子のために書き下ろされた上畑正和作品集)等をレリース、好評を博している。「モーツァルト・フォルテピアノ・デュオ」(渡邊順生氏と共演)は、2006年度レコードアカデミー賞(器楽部門)受賞。「音楽の泉シリーズ」主催。2011年にはCD[バッハ/アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳」をレリース、各誌で絶賛を受ける。

 

アンサンブル山手バロッコ

1998年、横浜山手の洋館「山手234番館」のリニューアルに行なわれた記念のコンサートをきっかけに、山手在住のリコーダー愛好家・朝岡聡を中心に結成された古楽器を使った演奏団体。継続的に横浜山手の洋館での演奏活動を続けています。
また、西洋館でのコンサート「洋館で親しむバロック音楽」などの企画・プロデュース、古楽祭「横浜・西洋館de古楽」にも演奏・運営を通じて参加し、バロック音楽を分かりやすく伝える活動も行っています。本日の演奏メンバーを紹介します。

 

朝岡 聡 (ナビゲーター)

1959年横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後テレビ朝日にアナウンサーとして入社。1995年フリーとなってからはTV・ラジオ・CM出演のほか、コンサート・ソムリエとしてクラシックやオペラの司会や企画構成にも活動のフィールドを広げている。リコーダーを大竹尚之氏に師事。福岡古楽音楽祭にも毎年参加して、オープニングコンサートで軽妙かつ的確な司会は好評を得ている。「音楽の友」などに音楽関連の連載多数。1998年にフラウト・トラヴェルソの曽禰寛純と共に、アンサンブル山手バロッコを結成し、横浜山手の洋館でのコンサートを継続している。
横濱・西洋館de古楽2013実行委員長。

 

曽禰寛純(クラシカル・フルート)

フルート演奏を経て、フラウト・トラヴェルソを独学で学び、慶應バロックアンサンブルで演奏。1998年にリコーダーの朝岡聡と共に、アンサンブル山手バロックを結成し、横浜山手の洋館でのコンサートを継続。カメラータ・ムジカーレ同人。

 

小池 はるみ(クラシカル・ヴァイオリン)

東京芸術大学にて、ヴァイオリンを海野義雄氏・外山滋氏に師事。室内楽を浅妻文樹氏・兎束俊之氏、巌本真理弦楽四重奏団より学び、芸大バッハカンタータクラブ公演に参加。ドイツでの研鑽の後、東京ハルモニア室内オーケストラに入団、現在に至る。バロックヴァイオリンを寺神戸亮氏・渡邊慶子氏に師事。古楽アンサンブル、ムジカ・レセルヴァータに参加、現在「ザ・サインズ・オブ・バッハ」コンサートミストレス。2007年にCDGIFT」をリリース。湘南音楽院藤沢ヴァイオリン・ヴィオラ講師。

 

角田幹夫(クラシカル・ヴァイオリン)

慶應バロックアンサンブルでヴァイオリンを演奏。独学でヴィオラ・ダ・ガンバを学ぶ。現在、カメラータ・ムジカーレ同人。アンサンブル山手バロッコ発足メンバー。

 

小松久子(クラシカル・ヴァイオリン)

慶應バロックアンサンブルでヴァイオリンを演奏。カメラータ・ムジカーレ同人。エッフェ弦楽アンサンブルコンサートミストレス。

 

山口隆之(クラシカル・ヴィオラ)

学生時代、独学でバロック・ヴァイオリン、ヴィオラを始める。アンサンブルを千成千徳氏に師事。カメラータ・ムジカーレ同人。都留音楽祭実行委員。歌謡曲バンド「ふじやま」リーダー。

 

小川有沙(クラシカル・ヴィオラ)

慶應バロックアンサンブルでヴィオラを演奏。卒業後、オーケストラ、室内楽の両面で活動している。

 

中尾晶子(クラシカル・チェロ)

チェロを佐々木昭、アンサンブルを岡田龍之介、花岡和生の各氏に師事。カメラータ・ムジカーレ同人。

 

飯塚正己(コントラバス)

学生時代よりコントラバスを桑田文三氏に師事。卒業後河内秀夫、飯田啓典の各氏より指導を受け演奏を続けている。

 


 

アンサンブル山手バロッコ第46回演奏会

洋館サロンで楽しむ
スペシャルなアリアと協奏曲の世界

"Special Taste of Haydn and Mozart Arias and Concertos in Salon Concert

 

 ハイドンやモーツァルトの生きた18世紀。ピアノ協奏曲や交響曲が室内楽用に編曲されて、室内楽曲や歌曲と共に上流階級のサロンで楽しまれていました。本日は、イギリスの伝統的サロンを持つベーリックホールでハイドンとモーツァルトのコンサートアリア、協奏曲や歌曲を18世紀風演奏会の形でお届けします。古楽器ならではのプログラムを、西洋館の親密な空間で山手十番館提供の香り高いワインやコーヒーと共にご一緒に味わいたいと存じます。

 ハイドンが晩年招聘され数々の名曲を生み出したロンドンでも、モーツァルトがピアノ協奏曲を引っ提げて活躍したウィーンでも、コンサートでは交響曲、協奏曲やアリアが組み合わされ演奏されていました。コンサート会場といっても今日のように音楽専用のホールはありませんでしたので、劇場や集会所を借りていました。ウィーンでは100人ほどが入れる規模でも実施され、個人の邸宅でのサロンコンサートも数多く催されたようです。当時のコンサートは、様々な編成の曲が演奏され、交響曲や協奏曲は、コンサートの中で楽章単位で分けて演奏されるなど、自由な形で楽しまれました。 

 

F.J.ハイドン(17321809) 
F.J.Haydn
 

2つのフルートのための協奏曲 ト長調 Hob VIIh:3より 第1、第2楽章
Concerto for 2 Flute and Orchestra G-Major
Hob VIIh:3

アレグロ コン スピリート/ロマンス[アレグレット]
Allegro con spirito Romance [Allegretto]

 1785年ころ、ハイドンはナポリ国王フェルデナンド4世から2台のリラオルガニザータのための協奏曲集の作曲を依頼されました。リラオルガニザータは、ハーディーガーディーとオルガンを合体させたような特殊な楽器で、当地の他では知られておらずハイドンも知らない楽器でした。(ハイドン宛のものは残っていませんが)他の作曲家に作曲を依頼する際に楽器の特性を伝えた手紙も残っています。それによると演奏できる調は、ハ調、ヘ調、ト調に限ること、音域はおおよそ当時のオーボエと同じであることなどです。ハイドンは技巧的な協奏曲というよりもこの楽器を組み込んだアンサンブルを弦楽器もソロとなるような工夫をして作曲しました。ハイドンはこの曲集(現在は5曲残されています)に特別愛着をもっていたらしく、曲がナポリの地に消えてしまわないように、楽譜の写しをエステルハージ宮廷楽団のために作らせ、また晩年のロンドンコンサートでも、フルートやオーボエをソロ楽器として採用し、再演しました。本日は第3番の協奏曲 ト長調を、2本のフルートソロで演奏いたします。第1楽章は堂々とした主題で始まるソナタ形式。協奏曲というよりは合奏風のディヴェルティメントのようになっています。第2楽章は、軽快な曲想の変奏曲のような形式です。ハイドンはこの協奏曲集を交響曲にいくつも転用しましたが、この第2楽章をハイドンは後年、ロンドンで「軍隊」交響曲の第2楽章にほとんどそのまま転用し、最後に終結部を加え交響曲に仕立てました。最後の第3楽章はロンド形式で流れるような音楽の中に、ハイドンらしいいたずらの仕掛けが盛り込まれ楽しく曲が終わります。

F.J.ハイドン(17321809) 
F.J.Haydn
 

人魚の歌  Hob. XXVIa no. 25 / さすらい人 Hob. XXVIa no. 32
The Mermaid's Song / The Wanderer

ハイドンはドイツ語の歌曲を多く残していますが、1794年と1795年にA.ハンターの詩による英語の歌曲(カンツォネッタ)集を2巻出版しています。これは、晩年1791年からのロンドン体験、ここでの英語やイギリス・スコットランドの音楽との出会いに深いかかわり合いがある特徴的な歌曲集で、精密なフォルテピアノ伴奏を伴う、高い完成度を持つ作品です。人魚の歌は、第1巻の巻頭を飾る曲で、軽やかなピアノのパッセージが人魚の世界である海の世界とそこへ誘う気持ちを巧みに表現しています。さすらい人は、 第2巻に含まれる曲で、月夜に恋人の思い出を胸にさすらう孤独の世界にフォルテピアノが前奏から巧みに誘導します。

 

The Mermaids Song  人魚の歌

Now the dancing sunbeams play on the green and glassy sea, come, and I will lead the way where the pearly treasures be. 
Come with me, and we will go where the rocks of coral grow. Follow, follow, follow me.

Come behold what treasures lie far below the rolling waves, riches, hid from human eye, dimly shine in ocean's caves. Ebbing tides bear no delay stormy winds are far away.
Come with me, and we will go where the rocks of coral grow. Follow, follow, follow me. (Anne Hunter)


透き通った緑の海に、陽の光がキラキラと輝き戯れています。

私についていらっしゃい、珊瑚の岩が育つ場所へ、宝物のある所へ連れて行ってあげましょう。

 

The Wanderer, Hob.  さすらい人

To wander alone when the moon faintly beaming. With glimmering lustre darts thro' the dark shade,
Where owls seek for covert, and nightbirds complaining. Add sound to the horror that darkens the glade.

Tis not for the happy; come, daughter of sorrow, 'Tis here thy sad thoughts are embalm'd in thy tears,
Where, lost in the past, disregarding tomorrow, There's nothing for hopes and nothing for fears.

 

独り さまよい歩く 月のほのかな光が影の間を通って射し込み、夜の鳥の嘆くような声が、森の暗がりに満ちている怖さをいや増す。

おいで、悲しみの娘たち、お前たちの悲しい想いは涙の中に葬られる そこでは過去において失われ、

未来において顧みられず、希望を持てるものは何もなく、恐れるものも何もない

  

W.A.モーツァルト(17561791) 
W. A. Mozart(1756
1791)

幻想曲 ニ短調 K.397 
Fantasie
 d-moll

モーツァルトにとって鍵盤楽器は幼少時代に最初に開花した楽器であり、その後も作曲の友であり、同時に宮廷や予約コンサートでの表現手段であり、生活の糧でもありました。幻想曲ニ短調は、広く親しまれている名曲ですが、確定的な原典資料を欠いており、どのような用途や位置づけで作曲されたか不明です。初版の標題には、「導入の幻想曲」と書かれており、他の曲の序奏として考えられたのかも知れません。本日は、ハイドンからモーツァルトの歌曲への切り替えの導入曲として、お楽しみください。曲は3つの部分からなる自由な様式で、最初はニ短調の分散和音で幻想的に始まるアンダンテ、その後、アダージョに転じ、甘い幻想と激しい情熱がしばしば交差します。最後の第3部分では、ロンド風の音楽でさわやかに曲を締めくくります。

 

W.A.モーツァルト(17561791) 
W. A. Mozart(1756
1791)

おいで、愛しのツィターよ K.351(367b) / 魔法使い K.472/ 夕べの想い K.523
Komm lieber Zither, K.351(367b)./  Der Zauberer K.472 / Abendempfindung an Laura K.523

 

モーツァルトは、オペラやコンサートアリアなどの大規模な作品とともに、歌曲やアンサンブル歌曲を作っています。コンサートや劇場での演奏を前提とした曲と違い、特にモーツァルトでは、歌曲は友人との友情や別れなどの機会に作曲されたきわめてインティメートなものだったようです。しかし、このような場合でも、モーツァルトの音楽と詩の組合せの巧みさや音楽的完成度は驚くばかりであり、天才の手から、こぼれおちた真珠のようだとも言われています。おいで いとしのツィターよ は1780年ミュンヘンで作曲された曲。もともとはツィターを模してマンドリン伴奏で作曲された曲。作詞者は不詳ですが、ツィターを思わせる民族色のただようセレナータ風の伴奏にのって、彼女への想いを語ります。魔法使いはその5年後の1785年に本拠地ウィーンでJ.F.ヴァイセ詞に作曲したものです。内容的には純真な女の子が、男性の恋の手練手管で誘惑されどぎまぎする様子を軽妙に歌った曲。短い曲ですが、女心の動きと誘惑、興奮と女の子の守護神である母親の登場と幕切れまでを、ドラマを見るような構成力で作曲されています。伴奏のフォルテピアノが巧みに劇の進行をつかさどっています。最後にお届けする夕べの想いはウィーン時代をさらに下った1787年、ドン・ジョバンニの年に作曲されたものです。人生のうつろいや生と死に対する諦めの感情が穏やかに流れていく詩(ドイツの詩人カンペの作)につけられたモーツァルトの繊細な音楽を、繊細なフォルテピアノの伴奏で味わっていただけると思います。

Komm, liebe Zither おいで、愛しいツィターよ

Komm, liebe Zither, komm. Du Freundin stiller Liebe. Du sollst auch meine Freundin sein.

Komm, dir vertrau' ich Die geheimsten meiner Triebe, Nur dir vertrau' ich meine Pein.

 

Sag' ihr an meiner Statt, Ich darf's ihr noch nicht sagen, Wie ihr so ganz mein Herz gehört.

Sag' ihr an meiner Statt, Ich darf's ihr noch nicht klagen, Wie sich für sie mein Herz verzehrt.

 

おいで、愛しいツィターよ、おまえに僕のひそやかな苦しみを打ち明けよう。

僕の代わりに彼女に伝えておくれ、どんなに僕が彼女を求めて苦しんでいるかを。

 

Der Zauberer 魔法使い

Ihr Mädchen, flieht Damöten ja! Als ich zum erstenmal ihn sah,

Da fühlt' ich, so was fühlt' ich nie Mir ward, ich weiss nicht wie! Ich seufzte,

zitterte, und schien mich doch zu freu'n: Glaubt mir, er muss ein Zaub'rer sein.

 

Sah ich ihn an, so ward mir heiß, Bald ward ich rot, bald ward ich weiß,

Zuletzt nahm er mich bei der Hand:Wer sagt mir, was ich da empfand! Ich sah,

ich hörte nicht, sprach nichts als Ja und Nein; Glaubt mir, er muss ein Zaub'rer sein.

 

Er führte mich in dies Gesträuch, Ich wollt' ihn flieh'h und folgt' ihm gleich: z

Er setzte sich, ich setzte mich: Er sprach - nur Silben stammelt' ich;

Die Augen starrten ihm, die meinen wurden klein: Glaubt mir, er muss ein Zaub'rer sein.

 

Entbrannt drüt' er mich an sein Herz, Was fühlt' ich! welch ein süßer Schmerz!

Ich schluchzt', ich atmete sehr schwer! Da kam zum Glück die Mutter her;

Was würd', o Götter, sonst nach so viel Zauberei'n. Aus mir zuletzt geworden sein!

 

お嬢さんたち、ダメータスからは逃げた方がいいわよ。彼は魔法使いに違いないわ。

だって初めてみた時、頭が真っ白になって何が何だかわからなくなって、手を握られて赤くなったり真っ青になったり、しどろもどろになっちゃうし、森に連れて行かれて、抱きしめられたら嬉しくて悲しくて息も出来なくなって…

そうしたらお母さんが来てくれたの、助かったわ。そうじゃなかったら魔法でどうなっていたかわからないわ。

 

 

Abendempfindung  夕べの想い

Abend ist's, die Sonne ist verschwunden,und der Mond strahlt Silberglanz; so entflieh'n des Lebens schönste Stunden,flieh'n vorüber wie im Tanz.

Bald entflieht des Lebens bunte Szene,und der Vorhang rollt herab. Aus ist unser Spiell des Freundes Tränefließet schon auf unser Grab.

Bald vielleicht --mir weht, wie Westwind leise,eine stille Ahnung zu-- schließ' ich dieses Lebens Pilgerreise,fliege in das Land der Ruh'.

Werd't ihr dann an meinem Grabe weinen,trauernd meine Asche seh'n dann, o Freunde, will ich euch erscheinenund will Himmel auf euch weh'n.

Schenk' auch du ein Tränchen mir und pflücke mir ein Veilchen auf mein Grab; und mit deinem seelenvollen Blicke sieh dann sanft auf mich herab.

Weih' mir eine Träne und ach! Schäme dich nur nicht, sie mir zu weih'n o, sie wird in meinem Diademe dann die schönste Perle sein.

 

たそがれて、日は沈み、月が銀の光を放つ。人生の様々な場面はやがて過ぎ去り、幕が下りる

まもなく私はこの巡礼の旅を終えて、憩いの国へと飛び去るでしょう。

墓の前で悲しむ友たちに天国から風を送りましょう。

ひとしずくの涙を私に贈ってください。その涙は私を飾る最も美しい真珠になることでしょう

 

 

F.J.ハイドン(17321809) 
F.J.Haydn
 

2つのフルートのための協奏曲 ト長調 Hob VIIh:3より 第3楽章
Concerto for 2 Flute and Orchestra G-Major
Hob VIIh:3

アレグロ
Allegro

 

W.A.モーツァルト(17561791) 
W. A. Mozart(1756
1791)

レチタティーヴォ「どうしてあなたを忘れられましょう?」とロンド「恐れないで、愛する人よ」  K.505
Recitative and rondo for soprano "Ch'io miscordi di te... Non temer, amato bene."

レチタティーヴォとロンドは、イギリスからウィーンに渡り聴衆を魅了していたソプラノ歌手、ナンシー・ストレースが1786年にロンドンに帰国する時に開催されたコンサートで歌われた曲です。この曲の一番の特徴は、モーツァルト自身が演奏したフォルテピアノとソプラノを独奏とした協奏曲のような形になっていることです。オペラ「イドメネオ」の挿入曲として、恋人を慰める歌詞になっていますが、ストレースはフィガロの結婚の初演のスザンナ役などたびたびモーツァルトとも共演し、その深い表現や人間性に、モーツァルトも深く惹かれていたようです。自筆譜に、「ストレース夫人のために、その下僕にして友なるW・A・モーツァルト、ヴィーンにて、17861226日作曲」と書かれているように、モーツァルトの特別な思いを感じられる曲でもあります。

 

Ch'io mi scordi di te? -- Non temer, amato bene

どうしてあなたを忘れられるでしょう?-- 心配しないで、愛しい人

 

Ch'io mi scordi di te? Che a lui mi doni puoi consigliarmi?

E puoi voler che in vita Ah no. Sarebbe il viver mio di morte assai peggior.

Venga la morte, intrepida l'attendo. Ma, ch'io possa struggermi ad altra face,

ad altr'oggetto donar gl'affetti miei, come tentarlo? Ah! di dolor morrei.

 

Non temer, amato bene, per te sempre il cor sarà.

Più non reggo a tante pene, l'alma mia mancando va.

Tu sospiri? o duol funesto! Pensa almen, che istante é questo!

Non mi posso, oh Dio! spiegar. Stelle barbare, stelle pietate! perchè mai tanto rigor?

Alme belle, che vedete le mie pene in tal momento dite voi, s'egual tormento  può soffrir un fido cor?

 

どうしてあなたを忘れられるでしょう?彼のところへ行けというのですか?それは死ぬよりもつらいこと。

 

心配しないで、愛しい人、私の心は常にあなたのものです。ああ、こんなつらい苦しみには耐えられない。

残酷で情け容赦ない星よ、なぜこれほど厳しいのですか?

忠実な心はこのような悲しみを耐えることができるのでしょうか?

 

W.A.モーツァルト(17561791) 
W. A. Mozart(1756
1791)

ピアノ協奏曲 第15番 変ロ長調 K.450
Concerto for piano and Orchestra Bb-Major K.450

アレグロ/ (アンダンテ)/ アレグロ 
Allegro / (Andante) / Allegro

モーツァルトは1784年から自作品目録を作り始めました。作曲家としての円熟の証ということだと思いますが、その1番、2番目には2曲のピアノ協奏曲が書き込まれました。モーツァルトがウィーンで独立し生活するためのコンサートで、新進の楽器フォルテピアノに向かい、自分の曲を自分で独奏したピアノ協奏曲が目録の最初を飾っているのは象徴的で、生涯を通じて全作品のなかでも重要なジャンルになっています。本日演奏するピアノ協奏曲第15番は、その2番目に記載されたもので、予約演奏会でモーツァルト自身の演奏で初演されました。オーケストラの編成は、管楽器の色彩を増し、フォルテピアノ独奏に求めるテクニックも大変高度なものが要求されています。モーツァルト自身も「(ピアノ協奏曲第16番とこの曲の)2曲の内、どちらかを選ぶことはできません。2曲とも汗をかかされる協奏曲です。難しさの点では、変ロ長調(第15番)のほうが上です。」という手紙を残しています。

 この曲でモーツァルトは、オーケストレーションにおける管楽器の第3の手法を駆使していると言われています。第1・第2の手法は、それぞれ、バロック時代より使われている弦とユニゾンで色彩を加える手法、長い音で和音を構成する手法ですが、第3の手法は、管楽器が弦楽器や独奏と掛け合い、語り合うという新しい手法で、全曲にわたり随所に取り入れられています。第1楽章は管楽器のしゃれた主題で開始され、それを弦楽器、ピアノというように紡ぎ出していきます。また、フォルテピアノはアンサンブルと会話するだけでなく、独自に華やかなパッセージを展開し、最後の(モーツァルト自作の)カデンツァでその頂点に至ります。第2楽章は、変奏曲の形式で、アンサンブルで提示される主題を、フォルテピアノが変奏していくというという形が何度も繰り返され、その都度、独奏の演奏はより装飾的で入念な変奏に発展していきます。しめくくりの第3楽章はロンド形式、8分の6拍子の踊るようなフォルテピアノ独奏の主題で始まり、第2楽章と対照的な軽やかな曲想で進みます。モーツァルトはこの楽章にフルートを1本追加し、高音域で跳ね回るパッセージを組み込むことで、この雰囲気を一層盛りたてています。本日は、弦楽合奏にフルート2本とヴィオラ1本を追加したアンサンブルの伴奏で、この協奏曲の華やかかつ親密な楽器の語り合いをお楽しみください。

 最後に、楽器について一言。モーツァルトはバロック時代からの楽器チェンバロから、使われ始めたピアノ(フォルテピアノ)まで経験しましたが、当時のピアノは現在のピアノに比べて、その構造(軽い材質の弦、軽いアクションの打弦装置、木製の楽器本体など)から、ずっとチェンバロに近く、当時はクラヴィーア用と称してチェンバロでもフォルテピアノでも弾ける曲がたくさんありました。このピアノ協奏曲はウィーン時代のフォルテピアノを前提とした曲ですが、6つから8つのキーのついたクラシカル・フルートや当時の様式の弦楽器とフォルテピアノの組み合わせで、軽やかなタッチや繊細なニュアンス、オーケストラとの親密なアンサンブルを味わいたいと思います。      

 

             

アンコール

どうもありがとうございました。

沢山の拍手をいただきましたので、

モーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」からケルビーノのアリア“恋とはどんなものかしら”

をお送りします。

ありがとうございました。

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