沖縄県南城市

*参考資料 『日本城郭体系』 『城』(沖縄県立博物館友の会)

垣花城(南城市玉城垣花20)

 垣花城は、沖縄ゴルフクラブのすぐ東側にある。地形図では山稜となって見えないが、実際は高さ15mほどの小高い丘となっている。この東側に登り口があり、そこに案内板が設置されている。この場所である。

 地形図を見ても、この場所に山があるようにはとても見えない。しかし実際には高さ15mほどの小山が存在しており、その上に石垣を廻らせたグスクが存在しているのである。

 東側の登り口から割とゆるい斜面に付けられた道を登って行くと、右手には岩場が段々と展開している。かつてはこれらも虎口を守るための構造物だったのであろうか。岩場が堀切状になり、そこに石垣が積まれている個所も見受けられる。

 それを進んでいくと2郭の虎口が見えてくる。ただし虎口と言ってもあまり明瞭なものではない。石垣がけっこう崩れてしまっているようで、旧状からかなり変化してしまっているようだ。

 そこから進入した平場が2郭であるが、左手を見ると城塁が上に延びているのが見えている。そこでそちらを進んでみることにした。

 城塁は南側に行くにしたがって高くなっており、最高所は台地下からは比高20mくらいはあるだろうか。その外側には石垣が積まれており、内部からも高く天然地形を利用した城塁となっている。この南端部辺りは特に眺望がよく、遠くの海まで遥かに遠望することができる。

 この城塁の先端から下に降りたところが1郭である。1郭は南北に細長い郭となっている。先端近くの部分に1段だけの石塁があり、その先に祠が祭られていた。またその背後にも石垣が積まれているのが目に入ってくる。このグスクの石垣は7野面積みながら、なかなか見事なものである。

 1郭の東側にはしっかりとした虎口が開かれ、周囲には石垣が積まれている。石垣の高さは3mほどもあり、この城では最もしっかりとした石垣が見られる個所である。かつてどのような門が置かれていたのであろうか。1郭と2郭との比高差も3mほどである。

 2郭は三角形状の郭で、1郭よりも広いスペースを有している。1郭・2郭を合わせるとそこそこの面積となり、建物を幾棟も配置することが可能であったと思われる。

東側から斜面を登って行くと、右手に石垣が積まれているのが見えてくる。 2郭の虎口。石垣が崩れてしまったのか、あまり明瞭ではなくなってしまっている。
2郭から1郭にかけて南側にはかなり高い城塁が廻らされている。 1郭内部。正面奥に石垣が見えている。
1郭側面部の城塁。 1郭の虎口。この辺りの石垣が最も立派である。
 垣花城はそこそこの規模を有するグスクであるが、城主についての伝承がなく、その歴史について確実なことは分からない。
 
 『城郭体系』によると、大城按司真武が大里按司と戦って敗れた際、息子の若按司は、家臣に助けられて母の実家である垣花に潜んでいたという。後に、若按司を慕う人々が集まって垣花集落が形成されるようになったということから、この若按司が集落防衛の要として築いたグスクであった可能性がある。




ミントン城(南城市玉城垣花中村渠705)

 ミントングスクは垣花城から直線で200mと近い位置にある。ところが、ちょっと場所が分かりにくい。というのも、このグスクは民家の敷地内にあるからで、このお宅にお邪魔させていただく必要があるのである。そのせいだろうか、案内板なども設置されてはいない。

 というわけで、このグスクを訪れる際には所有者の方に一声かけるのがエチケットということになる。料金箱の北側のお宅である。訪問時には、ちょうどこのお宅の方が猫を遊ばせていたので、声をおかけして入城の許可をいただいた。そして料金箱に「管理費用協力金」の100円を入れて入って行く。

 ちなみに、この周辺には車を停める場所がなくて、その点でも苦労する。短時間なので、酒処みんとぅんの脇の道路の端に停めさせていただいたが、通行の邪魔にならないように停めるのが一苦労である。

 石灰岩で作られたミントングスクの石段はちょっと滑りやすいが、すぐに登ることができる。ところで、地形図を見てもここに山があるとは思えないような場所なのだが、実際にはちゃんと高さ10数mほどの琉球石灰岩の小山が存在しており、グスクはこれを利用したものである。

 登り切った所がちょっとした平場となっている。グスクとはいっても上にはよほど小さな家一軒が建てられるかどうかといった程度のスペースしかない。このグスクは「城」ではなくて、拝所のみのグスクであったのだろうか。グスクには城以外にも「拝所」や「墓所」の意味もあるようだが、ここでは聖なる場所といった意味であるようだ。平場には3カ所の拝所がある。

 ミントングスクは、沖縄人の先祖であるアマミキヨが最初に上陸し居住した場所であると言われている。いわば沖縄人にとっての心のふるさとというべき場所である。知念半島に上陸したアマミキヨ(現在では個人名ではなく種族名であったという説が有力である)は、はじめここに住み、土地を開拓し、やがて沖縄全土に人が住むようになっていったという。つまりすべての沖縄人の故郷がこのグスクであったということである。まあ確かに仮設の小屋くらいは建てられそうなので、アマミキヨの長が、この上に住んでこの地域を支配していたということがあったのかもしれない。

 ここは聖地であったために、明治以前は琉球国王が隔年でこの地を訪れ護国豊穣の祈願を行っていたという。

 それにしてもミントンとはいったいどういう意味なのだろう。沖縄のグスクは地名を取ってグスク名としているのが普通だが、これがあるのはミントンという地名ではない。あるいは沖縄語で何か聖なるものを示す言葉なのだろうか。沖縄語には詳しくないので、それが分からないのが残念である。

南側の「酒処みんとぅん」の脇から見たミントングスク。高さ10mほどの岩場である。 ミントングスクの入口。左側の岩場に上がるための石段が取り付けられている。この登り口のすぐ脇に管理費100円を入れる料金箱が設置されている。
山頂部。上はあまり広くなく、拝所だけのグスクだったようである。「城」というよりは「聖地」である。 北側にある岩の虎口のようなもの。




































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